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トントントン・・・
しきりに時計を気にしながら落ち着かない様子で机に人差し指をリズムをとるように叩く。
その反対の手は頬杖をつき、抑揚のない声で話し続ける教師の言葉にも耳を貸さず、忍足謙也は窓の外をじっと見つめていた。
「よし、それじゃあ今日はここまでな―」
その声に静まり返っていた教室内がかすかにざわめく。
謙也は待ってましたと言わんばかりに急いで教科書をしまい込むと帰る準備まで終わらせてしまう。
「チャイムが鳴ってから教室をでるように」
そう言い残すと教師は教室を出て行った。
謙也は横目で見送ると、荷物を持ち自分も教室を出る。
ざわついた教室では、誰も謙也を注目するものはいなかった。
教室をでると謙也は走り出した。
自慢の足の速さなら校門まで5分もかからない。
すぐに見えてきた校門に自然と笑みが浮かぶ。
謙也は校門を出たところで立ち止まった。
「はぁーっ」
大きく深呼吸をする。校舎の方から授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った。
「けんやくんっ」
名前を呼ばれて謙也は声のする方へ顔を向けた。
長い髪を二つに結い、小さい体には大きい赤いランドセルを背負い、こちらに走ってくる幼い少女。
「!」
同じ目線になるよう、膝を折る。はうれしそうに謙也の元まで走ってくると、その小さな腕で謙也の首にしがみついた。
「別にここまで来なくたって良かったんやで?」
ぽんぽん、と軽く頭に手をのせながら言う。
謙也の言葉には小さく首を横に振る。
「はやくけんやくんに会いたかったんよ」
「…!」
の言葉に感極まったように謙也は言葉を詰まらせた。
「だって今日は一緒にあそびにいくって言うとったやん」
首を小さく傾げながら見つめ返すに謙也はとうとう我慢しきれずに背中に腕を回すとランドセルごとを抱きしめた。
「ひゃっ」
「ほんまにはかわええわー」
ぎゅううと力強く抱きしめる。
突然の謙也からの抱擁にわたわたとは慌てだす。
「け、けんやくんっ」
「おお、すまんすまん」
笑顔で言い返すと漸く謙也はを放した。
立ち上がると、自分の鞄を持つとに手を差し出す。
「鞄よこしや」
「え?自分で持てるよ?」
きょとんと謙也を見返す。
そんなを見て謙也は笑って首を振ると優しく頭を撫でた。
「男が女に荷物を持たせる訳ないやろ?」
「!」
その意味が分かったのかは顔をほんのりと赤く染めると何度も首を縦に振った。
から鞄を受け取ると満足げに微笑み、謙也はの手を取ると繁華街の方へと歩き出した。
電車に乗り、目的地である繁華街へと着いた。周りは人だらけでいつも通り賑わっている。
はぐれないようにの手を強く握り返すと、謙也はを見下ろした。
「行きたいとこあるか?」
「んー・・・くれーぷ、たべたい・・」
「ほな、あそこ行こうな」
近くにあったクレープ屋さんを指差すと、は嬉しそうに頷いた。
はやくはやくと急かすようにひっぱるを見返す。
――やばい。ほんまにかわいすぎる・・・・
口元が緩むのを誤魔化すように謙也はをクレープ屋さんへと連れて行くため手を引っ張った。
しかし、謙也の足がその後前に出ることは無かった。突然、引かれる片腕。
何事かと振り返ればそこには馴染みの顔があった。怖いほどに満面の笑みを浮かべた
白石蔵ノ介の姿が。
謙也は白石の顔を認識すると、口端が引き攣るのを感じた。
「謙也、これからどこいくん?」
「え、い、いや・・・くれーぷを・・買いに・・・・」
「ほーう。・・・一人で?」
目を光らせて、ほとんど笑っていない顔を浮かべる白石に謙也はますます顔を引き攣らせた。
反対側に顔を向けると困った表情を浮かべると目が合う。
謙也は観念したように、深く深呼吸をすると白石を見る。
「・・・と二人で・・・・デス」
白石の眉間がぴくりと動いた。
謙也をじっと見つめると、白石は視線を下へと移動させる。
と目が合うと今までの怖い顔が嘘のように引っ込み、満面の笑みを浮かべた。
「、クレープなら俺が買うてあげるからこいつとはこれから一生先一緒に、ましてや二人きりでなんて行ったらあかんで?」
「おい、白石・・・」
今度は謙也が眉間に皺を寄せる。白石の言葉が気にくわなかったのだろう。
咄嗟に白石の肩を掴みかかる。
「本人前に好き勝手言ってくれるなぁ?」
「当たり前やろ。誰がロリコンにを渡すと思うとるんや」
「シスコンのお前に言われとうないわ!!!」
一触即発。まさにそんな雰囲気の二人に、はますます困り果てた。
それになにより周りからの好奇な視線も気になる。
二人に挟まれたは意を決して二人の腕を引っ張った。
「「!?」」
下からの重力に驚いて二人はいっせいにへと視線を向ける。
そこには今にも泣きそうな顔をしたがいて、二人は以上に焦り始めた。
「どないしたんや?」
「・・うぅ・・・」
「あ、クレープか!待っとき、すぐ買うてきてやるさかい」
クレープ屋さんに駆け出そうとする白石をは首を横に大きく振って制す。
小さな手でぎゅうっと握り締めると大きな瞳で見上げた。
「けんかしちゃいやなの・・・は・・・ふたりがけんかをするのは・・・いやなのぉ!」
「・・・」
眉を八の字にし、顔を見合わせる二人。
にここまで言われたら折れないわけが無い。
「しゃーないわ・・・今回は許したるで、謙也」
「に泣かれとうないしなぁ」
「うぅ・・っ」
はぁぁ、と盛大に溜息をつくと白石はの手を握り返す。
そして女の子が倒れてしまうような程眩しい笑顔を満面に浮かべてを見る。
「気ぃとりなおしてクレープ買いに行こな」
「・・うんっ」
「白石っ!」
先手を打たれてむっとする。
明らかに不満げな顔を浮かべる謙也にしてやったり、と白石はほくそ笑むとをクレープ屋に連れて行くため引っ張ろうとする。
だが、は咄嗟に謙也の手に縋りつき、足でふんばるとそこから動かないように力をこめる。
「?」
「くらお兄ちゃん」
「なんや?」
膝をおり、の視線と同じになるようにしゃがみ込むと白石は首を傾げる。
目の前にある白石の顔をじっと見たあと、自分を見下ろしている謙也を見上げて頬を少し赤らめては言った。
「くらお兄ちゃんがいっしょなのは、嬉しいよ?でもね、でもね。今日はけんやくんとふたりでおでかけするおやくそくなのっ。だから、だから・・っ」
「・・・・・」
小さな子どもの言う事でも白石はが言いたい事を十分に理解した。
理解した後に認めたくないのか白石はむくりと立ち上がると目の前にいる謙也を鬼神のような形相で見た。
「謙也ぁあぁあぁぁぁぁ・・・・」
「ひっ!!お、落ち着けや・・・白石・・・せ、折角のイケメン顔も台無しやで・・!」
さすがの謙也も恐怖に慄きびくりと肩を震わせる。
身長差もあってか恐ろしい白石の表情をが伺う事は無かった。
むしろ見られない事を確信してるからこそ出来る顔なのかもしれない・・。
「・・・・明日、覚えておきや・・・・」
(・・・明日の部活サボろうか・・・・)
ブツブツと聞きたくも無い恐ろしい事を口走る白石を視界にいれないようにして、謙也はこっそり溜息をつく。
ふと、あたたかいものを感じて自分の手を見下ろしてみれば、が自分の手に頬を寄せて笑顔で自分の事を見上げている事に気付く。
(まぁ・・・・・・惚れたモン勝ちやろ・・・・)
これからもきっと自分達に関わり続けてくるだろう白石に溜息を出さずにはいられないが、それでも、この太陽のように温かく、眩しい笑顔を自分に向けてくれるの傍にいられるというのなら少しくらいは我慢しようかと思う謙也だった。
彼女の兄は超シスコン
2009.04.02
関西弁難しい