何もかもキミと同じじゃないと嫌なんだ

そう、何もかも……ね













授業が始まってすぐの事。
始業のチャイムが鳴っても中々先生が来なかったので周りはざわついていた。
も例外では無く、何気なく視線を横にずらした時ある事に気付く。


「あれ、白石くん」
「ん?なんや?」


隣の席の白石には驚いたような反応を示す。
こちらを向いた白石に自分のシャープペンを見せる。
持った手を軽く振ってシャープペンを揺らす。


「見て、これ、白石くんと同じだ」
「あ、ほんまや」
「あ!よく見たらコレもだー!」


筆箱からペンを取り出すと、白石の机にあるものと見比べる。
メーカーだけでなく色まで同じ。
ある意味これは奇跡だ。


「凄いっ!こんな偶然あるんだねぇ」
「まぁこのメーカーのは使いやすいからなぁ……偶然っちゅうにも大げさなような」
「大袈裟じゃないよ!うわー凄ーい!白石くんとお揃いだぁっ」


ペンを筆箱に戻しながら楽しそうに笑う。
そんなを横目で見て白石も口元を緩めた。


「俺達気合うとちゃうん?」
「そーかもね!これでどっちかがもし忘れても同じもので書けるねっ」
「せやなぁ」


2人は顔を見合わせると笑い合った。
本当に珍しい事もあるものだ。
と白石はその後も色々と話し合った。
意外な事に、共通点が多くて互いに驚きあったりして。


「何だか、怖いね。ここまで同じだとさ」
「…………そうやな」
「? 白石くん?」


一瞬だけ白石の雰囲気が変わったような気がした。
は不思議そうに首を傾げて問いかける。
だがスグに白石は話を逸らし、別の話題へと持っていった。
も気のせいだったのかと思い特に気にせず会話を続ける。


しかし、2人が楽しそうに会話をしているのをよく思わない人も居たのだ。











ドンッ

放課後、教室を出ようとしたを数人の女子が捕まえ、体育館裏へと連れて行かれた。
体育館の壁へと思い切り投げつけられる。


「アンタ、どーゆーつもり?」
「え……?」


一人の女生徒が口を開く。
腕を組み、を冷ややかに見下ろす。


「何しらばくれてんの?アンタ、白石くんと同じもん買うてるんやろ?」
「気にして欲しくてやってんの?ストーカーみたいで気持ち悪いんやけど」
「大体、アンタなんか白石くんが気にする訳ないやろ?!」


次々と罵声を浴びせられるは呆然と彼女達を見つめた。
…ひょっとして、私と白石くんが同じ物を持っていた事が気に入らないのかな……?
制服の胸元辺りをぎゅっと掴んで俯く。


「こないな事されとうなかったら、今後金輪際白石くんに近づくんじゃ無いんやで?」
「な……っ!」


は驚いて顔を上げた。
白石くんとはただの友達だけなのに……っ!
何か、勘違いしている女子生徒に弁論しようと口を開く。


「ち、違……っ!私、白石くんとは……」
「口答えすんやないっ!!!」
「い、痛い……っ!」


思い切り髪を引かれ顔を顰める。
髪の毛を引く腕を離そうともがくが痛くて思うように力が入らない。


「アンタ、そこにあったホース持っといで」
「はいっ」


リーダー格のような女子が指示すると横に居た女子はスグに持ってくる。
それを見てフッと笑うと女子生徒はに向かって言った。


「」
「!」
「あたしらに口答えしたらこうなるんやでっ!!」


ホースの先をに向ける。
別の女子生徒が急いで蛇口を回すと、勢いよく水がに降り注がれた。


「やっ…いやっ……!」
「あははははっ!ええ気味や!」


顔に水が当たらないように腕を当ててるに容赦なく水をかける。
どんどん水浸しになっていく。
女子生徒がもっと掛けてやろうとホースを持つ手に力をこめたとき





「何してるん?」





背後から声が聞こえた。
その声に驚いたように女子生徒は振り向くと、じっとこちらを睨みつける白石の姿があった。
部活中だったのか、彼はジャージを着ていた。
ホースを思わず床に落とし、女子生徒は後ずさる。


「白、石くん……」
「何してるん?って聞いとるんやけど」
「これ、は……っ」


後ろで力なく俯き、立っているを見て女子生徒は言葉を紡ごうとする。
だがそれよりも白石の言葉が彼女達を貫いた。


「さっさとどっか行ってくれへん?」
「あの…っ…白石くん、これは」
「邪魔や言うとるやろ。さっさとどきや」


ギロリと睨まれて女子生徒は怯むと逃げ出すように去っていった。
その場にと白石が残される。
じっと地面を見ているに白石は近づいた。


「ちゃん」


びくり。
肩を揺らして反応する。
その様子に辛そうに顔を歪めて見ると、自分の着ていた上着をに掛けてやった。


「そのままやと帰れへんやろ?」
「……白石、くん……っ」
「ん?」


先程とは違い優しく問いかける。
俯いているの頭をぽんぽんと優しく撫でるように叩くとは嗚咽する声を漏らした。


「っ……あ、りがとぉっ……」
「………ええよ、このくらい」


白石は何となくがどうしてこのような目にあっているのか予想が出来たので何も言わなかった。
制服がびしょ濡れのを見てどうしようかと考える。


「ちゃん、着替えなんて持ってきてへんよな……」
「う、うん……」
「………せや、俺んち来ぃへん?」


俯いていた顔を上げて白石を見る。
ぽろぽろと涙を流しているを痛ましげに見たあと、また優しく頭を撫でた。


「家、俺んちの方が近いやろ。せやから、着替え貸したるわ」
「えっ……でも悪いよ……」


白石の善意がとてもよく分かる。
だが、その時。の頭に一つの疑問がよぎった。


何で白石くんが私の家を知っているの?


でもその言葉を口にする事は出来なかった。
白石はから手を放すと居心地の悪そうに頭を掻く。


「……ちゃんが、こんな目に合ったのって多分俺の所為やろ?」
「!」
「やっぱり、な……せやから気にせんでええんやで。そのまま帰って風邪引かれるのも嫌やし……」


ちらり、とを見て冗談めかして言う。


「そんな格好で一人で歩いとったら誰かに襲われるかもしれんしなぁ?」
「っ!!」


慌てて肩に掛かっていた白石のジャージを前へと持っていく。
その様子にくすくすと笑う白石には顔を真っ赤にさせた。


「ま、そういう事や。俺の気が済まへんからって事にしといてや」
「………うん、分かった」
「よし。じゃ、俺監督に事情話しに行くわ。……ちゃんもおいで?」


そっとに手を差し出す。
今のを一人にしておきたくない、という白石の配慮だった。
は小さく頷くと白石の手を取る。
2人は監督に話しに行った後、早々と学校を出て行った。











日が暮れる時間帯。
流石に通学路も学生はまちまちしか居なかった。


「もうすぐ、俺んちやで」
「そうなんだ……何だか、緊張しちゃうなっ。白石くんの家に入るの」
「ははっ…別に普通の家やで?」


他愛も無い話をしながら肩を並べてゆっくりと歩く。
はスカートにジャージという格好をしていた。
着替えを持っていなかったが着ているのは勿論白石のジャージで。
明日また妙な噂がたつかもしれない。と心配げにしていたに
白石は笑って、その時は俺が何とかしたるって言ってくれた事が何よりも嬉しかった。
白石のジャージを着て改めて思う。


家と同じ匂いがする……。


変な意味で、とかではない。
本当に同じ匂いがするのだ。
先程頭を撫でてくれた白石から微かに香った香水も不思議な事に自分が身につけているものと同じだった。
このジャージからもそう。まるでもう一人の自分のようで……。
そこまで考えて頭を振った。
なんて、バカらしい。これはたまたまなのだ。偶然なのだ。
そう、ただの偶然………。


「きっと俺の部屋も気にいってくれると思う」
「え?」
「ここやで」


そう言い立ち止まった場所は中々立派な家だった。
鞄から鍵を取り出すと白石は扉を開けて、を中に入れる。


「お、お邪魔します…」
「そう、かしこまらんでええよ。家に誰もおらへんから」
「そうなの?」
「両親とも共働きやからな」


帰るの遅いんや。
白石は靴を脱ぐとリビングの方へと歩いていってしまった。
もとりあえず靴を脱ぐが、玄関で立ち竦む。
困ったように立っているに気付くと白石は笑って上を指差した。


「上、行っててや。お茶持ってくから」
「あ、手伝うよ?」
「ええよ」


白石は扉を開けて奥へと行ってしまった。
暫くその扉を見ていたが白石に言われた通り、2階に行く事にする。
僅かに緊張しながら階段を踏みしめていく。
階段を上ると手前側に部屋があるのが分かる。


「ここが白石くんの部屋、かな?」


白石くんの部屋は中々想像出来ない。
頭の中に思い浮かべてみるが、今まで男の子の部屋に入った事のないにとってはとても未知の世界だ。
ごくり、と唾を飲み込む。
ドアノブに手を置くと、ゆっくりとその扉を開けた。





部  屋  の  中  は







「ひっ!?」


ドアノブを握り締めたままは固まった。
肩に掛けていた鞄をドサリッと落とす。




「気に入ってくれた?」




すぐ近くから聞こえた声に驚き振り返る。
コップとお茶を手にした白石がにっこりと笑っていた。
彼が持っているコップを見て、またの顔が引き攣る。


「な、なんで……な…っ」
「これ、ちゃんのお気に入りのコップなんやて?」


持っているコップを持ち上げるように見せると白石はを見た。
言葉を失くすは何も答えられない。
ただ、何故知っているのだ。という顔をしながら白石から目を逸らせなかった。
白石は部屋の中へと入ると、テーブルにコップとお茶を置く。
そして、扉の前で固まっているを手招きした。


「遠慮する事無いんやで?」
「………っ」
「そんなに気に入ってもらえるんやなんて光栄やな」


ドアノブから手を放さないの手を掴んだ。
その瞬間、弾かれたように体を動かし逃げようとする。
が、手を掴まれている為逃げられる筈が無い。


「何処行くん?」
「…あ…わ、私……帰る…っ」
「帰るて、ここやないの?」


白石は自分の部屋の中を指差した。
は中を見たくないのか部屋を見ず首をひたすら横に振る。


白石の部屋は


の部屋と全く同じだった


部屋の色、家具の配置、小物、窓の位置。
何から何まで全て同じ。
白石には似つかわしくない女の子らしい部屋。
白石の部屋であり、の部屋。


「全部一緒やろ?」
「………っ!」
「家具も部屋の構造も匂いも全て。全部揃えるんの大変やったんやで?」


何故そんな事をする必要があるのか。
は白石の異常さに恐怖を抱いた。
恐怖のあまり、体が震えてしまう。
白石はの腕を思い切り引くとガチャリと部屋の扉を閉めた。


「やだ…っ……放してぇっ!」
「放さへんよ……やっと、この時を待ってたんやから」


後ろからをきつく抱きしめながら囁く。
じたばたと両腕両足を動かしてみるが、白石はびくともしなかった。


「ちゃん、アレが何か分かる?」
「え………っ?」


白石が指を指したのは部屋の一角。
そこだけがの部屋と違っていた。
大きな透明なケースが置いてある。
何かを入れて飾っておくショーケースのようにも見える。
一体、アレは………


「アレはちゃんの部屋には無いやろ?」
「う、うん………」


おずおずと返事を返す。
何を考えているのか全く分からない白石はにとって恐怖以外何者でもない。
白石はに気付かれないようにこっそりとテーブルの引き出しから小さな袋を取り出した。
その中には、小さな錠剤が入っている。
目線がショーケースに釘付けのは白石の行動に気付かない。
その事にほくそ笑むと白石は片手でコップにお茶を注ぎ始めた。


「ちゃんと全部同じにしたい俺やけど、アレだけはどうしても外せないねん」
「ど、どうして…」
「それは……」
「え…っ!?」


の顎を掴むと無理やり上に向かせる。
そして素早く先程取り出した錠剤をの口の中に含ませると吐き出さないように己の唇で塞いだ。
行き成り口に放り込まれた異物に驚いたは暴れる。
だが、しっかりと白石に身動きを封じられている上に、不安定な体勢。
は得たいのしれないその異物をついには飲み込んでしまった。
きちんと飲み込んだ事を確認すると白石はを放す。
拘束が無くなり、力の抜けたはそのまま地面に座り込む。


「っ!?う…っ…ごほっ…ごほっ……」
「アレはなぁ、ちゃん本人を飾る為のもんなんや」
「な…っ!?……うぅっ……あ、つい……っ」


異物が通った胸がとても熱く感じたは胸元を押さえ、苦しそうに咳き込む。
座り込んだの視線に合わせるように白石も膝をつく。
苦しそうに自分を見つめるにそっとコップを差し出す。


「辛いやろ?お茶、飲むとええで」
「………っ」
「大丈夫や、何も入ってへんから」


からの疑いの視線を感じ、にこりと笑って言った。
本来なら飲みたくなかったのであろうが、胸が焼けるように熱いためは白石からコップを受け取るとお茶を流し込んだ。
ごくっ、ごくっというお茶が喉を通る音だけが部屋を支配する。
飲み終わったあと、はコップを戻そうと白石に渡そうとするが酷い眩暈が襲う。
耐え切れずはコップを床に落とすと、倒れこむようにして白石の胸の中へ。
優しくを抱きとめると白石はの頭を撫でた。


「これで、ちゃんは俺のもんや」
「………」
「流石即効性のクスリやな。もう言葉が発せられへんようになっとる」


腕の中に居るの顔を覗き込むように顔を近づける。
は熱に浮かされたようにぼんやりとしていて、目が虚ろだった。


「直に意識も無くなる筈や……ゆっくりと眠りや……」


永遠にな


凭れかかっていたの腕は力なく床に落ち、そしては深い眠りについた。





















「ただいま、」


部屋に帰ってくると白石は部屋の片隅にあるショーケースを見て呟く。
透明な箱の中でただひたすら眠り続けるの姿があった。
そのショーケースに手を添えると今は瞑られた瞳を見つめる。


「のもんも、自身も俺のモノになったのに………」


心がぽっかりと空いた様な気持ちになるのは何故なんや……?




ショーケースから2度と出る事は無い少女の姿を見て、知らずのうちに涙を流した。














満たされない



その涙の理由は分からない……



2007.8.6