|
高嶺の花と
蒲公英ならば
貴方はどちらを選びますか?
太陽の光が燦燦とふりそそぐ、夏。
この時期になると学校でのプール授業が始まってくる。
それはここ、四天宝寺中学でも同じだった。
「「プール清掃!!?」」
体育館で声を揃えて叫ぶ2人。
四天宝寺中学3年生、忍足謙也と、同じく3年、。
2人の前にはがたいが大きい体育教師が仁王立ちしていた。
「数学教師の南先生から言われてんだ。キビキビやれよ!」
「「………はーい」」
項垂れて返事をする。
どうしてこのような事になっているのか。それは小一時間程遡る。
「困りましたね、宿題忘れたの。忍足くんと、さんですか」
6時間目の授業は数学。
先週出されていたプリントの宿題をうっかり忘れてきてしまったのが事の始まりだった。
テニスで忙しかった謙也は宿題の存在自体を忘れて、宿題未提出。
は今朝、机の上に置きっぱなしで学校に来てしまったので、未提出。
数学教師はう〜ん、と顎に手を当てて何かを考えている。
実は宿題を忘れたのはこの2人、今日が初めてでは無かったのだ。
「君達は結構宿題を忘れてきますからね……今回は、反省してもらうために罰でも与えましょうか」
「罰!!?」
その言葉に過剰に反応したのはだった。
謙也は渋い顔をして教師を見返している。
教師は良いアイディアが浮かんだのか、とても満足そうに笑っていた。
「そうですね、放課後体育教官室に行きなさい」
「体育教官室?」
「はい。そこで罰がキミたちを待っているでしょう」
それでは、授業を始めますよ。
教師がそう言ったのを最後に、宿題の件の会話は終わった。
2人は互いに顔を見合わせて溜息をつく。
そして放課後2人は体育教官室へ行き、冒頭に戻るという訳だった。
「掃除する場所はプールサイドだけで良い。くれぐれも落ちないようにな!」
「「………」」
「返事は!?」
「「はいっ!!」」
ギロリと目を光らせて見下ろしてきた教師に負けないよう大きな声で返事をする。
体育館で部活動がある生徒達がちらほらと集まってきており
体育教師と謙也とを見てはくすくすと笑っていた。
2度と宿題なんか忘れない!
そう胸に誓ったは回れ右をすると先にプールへ向かおうとする。
その後を謙也は慌てて追った。
「おいっ…!待っ……」
の腕を咄嗟に掴んだとき、ぴたり、とは進める足を止めた。
ある一点から視線を逸らさずにじっと見ている。
急に止まったにぶつかりそうになりながら謙也も足を止めるとを見て首を傾げる。
ゆっくりと、が見ている方向に視線をやると眉間に皺を寄せた。
視線の先には白石
の、恋人だ。
しかし、隣にいるのは見知らぬ女。
「……っ」
辛そうにしているを見たくなくて、気付いたら胸の中に閉じ込めていた。
白石の視界から遮るようにを隠す。
抵抗は、無かった。
白石がこっちを見ていたが、関係無かった。
を悲しませるものはたとえ白石でも許せない。
俺はそのまま無言になってしまったの手を引き、その場を後にした。
「何でプール清掃なんかしないといけないのよ!」
さっきの静かさは何処へやら。
デッキブラシでプールサイドを擦りながらは嘆いた。
近くをホースで水巻きしていた謙也は溜息をつきながら言う。
「仕方ないやろ。宿題忘れたんやから」
「あーもーぅ!今日は帰ってやる事があったのに!」
「俺かて部活あったし」
ゴシゴシゴシッと力任せにブラシを動かすをこっそりと盗み見た。
。俺と同じクラスで隣の席の女子。そして、白石の恋人。
俺は入学してからずっとに恋心を抱いていた。
『私、!キミ、猫みたいにふわふわな髪の毛だね!』
初めての第一声はソレ。
最初、何だコイツって思ったのを今でも覚えてる。
それでも、毎日毎日明るく話しかけてくるにいつしか心を奪われていた。
3年になって同じクラスになったとき、まさか白石の恋人になっているとは思わなかったけど。
「………」
自分に背中を向けてなんだかんだと言いながらも一生懸命掃除をしている。
しかし、脳裏を過ぎるのは先程の光景だった。
白石が違う女を連れて歩いているのを辛そうな表情をして見ていた。
何か言いたげなの視線に白石は気付いているのだろうか。
……恐らく、知っていてやっているに違いない。
言って良いのか躊躇ったが、気になったのでさり気無く問いかけてみる。
「……」
「何よ」
「白石と上手くいってないんか?」
カシャァァンッ
盛大にデッキブラシを落としたを見て言わなきゃ良かったと後悔した。
も自分自身、デッキブラシを落とした事に驚いたのか呆然と転がったデッキブラシを見つめている。
気まずい沈黙が2人を包む。
その沈黙を破ろうと謙也は口を開くがそれよりも先にが言葉を発した。
「何でそんな事聞くの?」
「それは……」
「憐れ?蔵ノ介の恋人だと自負してるバカな女?」
「な……っ!」
の態度にむっとする謙也。
自分を卑下する態度。いつものなら有り得ない事に戸惑いと苛立ちが募る。
謙也に背を向けたまま、は言葉を続ける。
「どうせ謙也には関係のない事でしょ」
その言葉が引き金となった。
プール側に立っていたの背中を強く押して、プールへと突き落とす。
突然の事に驚いたはそのままプールの中へと大きな水音を立てて落ちた。
謙也も後を追うようにしてプールの中へと入る。
勢いもあって水の中へと潜ってしまったは酸素を求め、上へと上昇する。
「……ぷはっ!ちょ、ちょっと、何……っ!?」
文句を言うために開いた口だが、そこから言葉を発する事は出来なくなった。
いつのまにか、の背後に回っていた謙也は後ろから強く掻き抱く。
水に濡れた制服が肌にぴったりとくっつき、より謙也の体温を背中越しに伝わる。
「や、な、何……っ」
「関係無い訳無いやろ」
「え……っ?」
謙也の言葉に驚いて聞き返す。
後ろを振り向こうにも、きつく抱きしめられている為にそれも叶わない。
腰に回す腕に力をこめると、謙也は肩に顔を埋めた。
「何で……何で白石なんや……」
「……謙也……」
「……っ」
辛そうな謙也の言葉には言葉を失くす。
必死さがひしひしと背中越しに伝わってくる。
何と声をかけて良いのか分からない。
は戸惑いながら、前に回っている謙也の腕に手を重ねた。
「………謙也…」
「、ごめん……」
「え……っ?!」
囁くように謙也はの耳元で言ったあと、そのまま項に噛み付くように唇を寄せた。
突然の刺激にびくりと体を揺らし、前屈みになる。
それでも謙也の勢いは止まらない。
前に回した手でそのままのブラウスのボタンを外していく。
謙也から与えられる愛撫に耐えられず、はプールの縁に手を置いた。
「やっ……あぁっ……!」
「…白石やと思ってくれても、構わへんから……」
「やぁっ…!謙、也ぁぁっ………」
それから謙也はずっとを愛し続けた。
水を吸って重く肌に張り付く制服もお構いなく、ただ、の名を呼んで―――。
最中、が白石の名を呼ぶことは無かった
「ごめん」
「………」
数十分後、プールから上がった2人はプールサイドに座っていた。
は謙也の方を見ようとしないし、謙也もの顔を見れなかった。
互いに顔を背けている状態。
気まずい空気が流れる。
「謙也」
暫くして、は小さくだが謙也には聞こえる大きさで名前を呼んだ。
俯き加減だった顔を、弾かれるようにばっと顔を上げた謙也はの方を向く。
はいまだ自分の足元を見ていた。
「私、蔵ノ介が好きなの」
「……知っとる」
「蔵ノ介が一番なの」
はっきり、とはそう口にした。
の言葉に胸が締め付けられるように痛い。
ギリギリと痛みを訴える胸をぎゅっと掴んだ。
「でも、ね」
「………え?」
「さっき謙也が私を抱いたとき、蔵ノ介よりも確かに愛を感じた」
「………」
「嬉しかった」
の顔を見ると泣いているようだった。
涙を流しながら、でも拭おうとしない。
ぽろぽろ、と下に落下していく涙を見ながら謙也は投げ出されているの右手をそっと握った。
「……今はまだ、私に夢を見させて…?」
「………ああ」
重ねられた謙也の手を力強く握り返した。
どんなに手を伸ばしても届かない高嶺の花と
いつも傍で見つめてくれている蒲公英と
どちらが大切かなんて一目瞭然だった。
何度も何度も蒲公英を踏んで高嶺の花へと手を伸ばす私。
でも、やっぱりその手は届かなくて。
諦めかけていた私はその場に蹲る。
どうして、どうして、届かないの?
泣き続ける私を何も言わず見守ってくれていたのが蒲公英
踏まれても踏まれても何度も何度も起き上がっていつも見守ってくれていた。
どうして、気付かなかったんだろう?
そっとその蒲公英を撫でる。
そして改めて思い知らされるのだ。
皆が憧れる高嶺の花よりも、身近にある蒲公英の方が
愛 し い と 。
重なり合う手
そして、私は遂に蒲公英を選んだ
2007.8.3