キミが持っているもの

キミが大切にしているもの


それは全て輝いて見えるんだ


















夏。
梅雨時期になり、むわっとした気候が続く。
そして、雨が続くと外で活動する部活はかなり制限されてしまう。
それは、ここ。氷帝学園でも同じだった。


「お疲れ様っ」
「え?あ、有難う御座います、先輩」


校舎内で筋トレをしていた鳳にマネージャーであるは声をかけた。
手に持っていたタオルを渡す。


「こうも雨ばっかりだとコート練習出来ないのが痛いよね…」
「ははっ、そうですね」


むっとするを見て苦笑いを浮かべる。
顔に滲む汗を拭きながら鳳は思い出したように口を開いた。


「そういえば、先輩」
「ん?」
「まだ、続いてるんですか?アレ…」


声量を小さくして問いかける。
鳳のアレというのは、最近が被害に受けている事についてだった。
は不安げに視線を下にやると、小さく頷く。


「うん……昨日はジャージの上が無くなってたの」
「えっ!?じゃ、じゃあ昨日の体育は…」
「違うクラスの子に借りたから良かったんだけど、流石にここまでくるとね…」


明るく振るまいたいのだろうが、それでも恐怖感を抱いているのは確かだ。
無理して笑おうとする痛々しいを見て鳳は眉尻を下げて困ったように項垂れた。


「すいません……俺、そんな顔をさせたい訳じゃ…」
「良いのよ!鳳くんは気にしないでっ、鳳くんの所為じゃ無いんだから」
「でも……」
「それに、そのうち無くなるかもしれないじゃない?ねっ?」


安心させるように下から顔を覗き込む。
大きな瞳を見て言葉が詰まってしまった。
不安なのは、さんの方なのに……。
逆に慰めてもらってしまった自分がどうしようもなく情けなくてに気付かれないように小さく溜息をついた。


「そう、ですね……でも、本当に危なかったら先生とかに言った方が良いですよ」
「…うん、分かった」


そこで、2人の会話は途切れた。
部長の跡部が部員を収集していたからだ。
別れの挨拶をのべて、去っていく鳳を少し見送ってからも部室へと戻っていった。


「………」


その後姿を見ていた者に気付かずに―――
















「あれ…?」


部活終了後、部室に着くなり自分の荷物を片付けていたら、小さな違和感を感じて首を傾げる。
そんなに大きくない鞄の中をごそごそ、と探すが目当ての物は見つからなかった。


「どうしたんですか?」
「あ、鳳くん……」


少し不審なの動きに着替え終わった鳳は近づいた。
困った顔をして自分と鞄を見比べるにまさか、と思い聞いてみる。


「まさか、また物が無くなったんですか?」
「……そうみたい」
「………」


鞄を見つめながら息をついた。
の瞳は少し潤んで見える。


「……これ、イジメなのかなぁ……?」
「違う、と思いますよ……」


氷帝のテニス部マネージャーというだけでも充分羨望やら妬みやらの視線を受ける。
だが、の物が無くなるのと、それは関係無いと思っていた。
何故なら物が無くなる事は他のマネージャー達には無く、にだけある事だから。


「あ、雨……」


曇っていた空からは雨がぽつぽつと降り始めていた。
真っ暗といえる程に黒い雲が空を覆っている。
次第に、雨が本降りしてきた。


「どうしよう……」
「え?」
「傘、無くなっちゃったから……帰れないな」


が先程探していたものはどうやら折りたたみ傘だったらしい。
こんな雨の中、何も差さずに帰るのは風邪をひくのは目に見えている。
鳳は空を見上げた後、ゆっくりとに視線を戻した。


「良かったら、俺の傘に入っていきますか?」
「えっ」
「そんなに家遠くないし、送っていきますよ」


にこっと笑顔で言う鳳には困ったように見上げる。
送ってもらうのは初めてじゃない。前にも似たような事があった。
どんどん雨も激しくなってきている。
それに傘も持っていない。
は暫く考え込んだあと、頷いた。


「ごめんね、お願いしても良いかな?」
「勿論です」


鳳の笑顔に幾分か不安が消えていくのを感じた。
鳳くんと一緒なら安心だよね?
は心の底から安堵し、話ながら一緒に帰っていった。









「暫くは止みそうに無いね」
「そうですね」


2人肩を並べて歩く。
こんなにも近いのは初めてで、お互いどこかぎこちなかった。


「あ、雷…」


空が一瞬明るくなり、次に音が聞こえてくる。
結構近かったのか大きい音だった。
は肩をびくり、と揺らす。


「結構、近かったね」
「そうですね」
「どうしよ…今日、親いないのに」


不安げに空を見上げて呟いた。
今日は両親が親戚の結婚式に行っている為に帰りが遅い。
必然的には家で一人になる。
一人になりたくない、と物語っている姿に鳳はある提案を出す。


「それなら、少し家に寄ってきますか?」
「え?」
「俺の家も丁度親が出かけていないので、良かったらお茶でも」
「うー……ん」


携帯を見て時間を確認する。
18時47分……
それに雨はまだ降り続けている。


「ひょっとしたら止むかもしれませんし、俺の家で雨宿りって事で」
「そう、ね……うん、そうしようかな?」
「歓迎しますよ」


笑顔でいう鳳だったが、一瞬口元が歪んだような気がした。
驚いて目を見開くが、それも気のせいだったのか、よく見たらいつもの鳳に戻っている。
……気のせいかな?
は特に気にもせずそのまま鳳の家へと向かっていった。



「待ってて下さい、今お茶を持ってきますから」
「あ、うん……お構いなく」


部屋に連れてこられて、適当に床に座る。
男の子の部屋に入ったのは初めてでつい辺りを見渡してしまう。
自分の部屋よりも大きな部屋に多少の居心地の悪さを感じながら、部屋を物色した。


「あれ……」


はある一点に視線を留めたとき、不思議そうな声を出した。
部屋の隅に大きなカーテンがかけられている。
まるで、何かを隠すような感じ。この部屋で唯一浮いている場所だった。
は扉の方に目をやる。
鳳が来る気配は、無い。
床から立ち上がるとゆっくりとそのカーテンに近づいていった。
鳳の秘密を知ってしまうような、そんな不思議な高揚感にかられながら一気にカーテンを横に引いた。
そこにあったものを見て、は目を見開いた。
カーテンを引いた手が僅かに震える。


「な、なんで……っ」


カーテンを開けたその先には、の私物が置かれていた。
無くなったジャージ、シャープペン、ノート、化粧ポーチ、その他いろいろ。
が学校で無くなった物全てがこの空間に置かれていた。
その上、壁一面にはの写真が貼り付けられている。
言いようの無い恐怖感がを襲う。


「ど、どういう事……なんで、鳳くんの部屋に…」
「あーあ、見つかっちゃった」
「!!!」


すぐ後ろから聞こえた声に驚いて振り返った。
いつもと変わらない笑顔を浮かべている鳳。
だけど、なぜか怖い。
近づいてくる鳳の手には先ほど部室で無くした手鏡と折りたたみ傘が握られている。


「これも飾らなきゃなー、先輩の物だし」
「え……っ…な、何?どういう、事……」
「ふふっ……ここはですね、俺のお気に入りの場所、コレクション部屋なんです。そこに先輩を招けるなんて嬉しいなぁ」
「ひぃっ……!」


持っていた鏡をぺろり、と舐めるとの横にあった棚にそっと飾った。
近くを通った鳳から目を離せない。


「今までずっと見ていたんです、先輩を」


うっとりとした目で辺りを見回すと、鳳はゆっくりとの肩を掴んだ。


「いや…っ!」
「先輩に俺の気持ちに気づいて欲しくて、先輩の物全部が欲しくて、今まで盗んでいたけれど、俺はとても大切な事を忘れてたんだ」
「な、何……痛…っ」


ぐっと掴まれた肩に力を込められて悲鳴をあげる。
逃げようと体を捩るが力強い腕からは逃れられない。
すぐ近くにある鳳の顔を真っ青な顔で見返した。


「あぁ……先輩、その顔とても良いです…」
「い、いや…っ、は、放してぇぇぇぇっ!!」


暴れた反動で床に倒れこむ。
鳳は自分を震えながら見上げるを見て口の端を吊り上げた。


「これからは、先輩自身が俺のコレクションになって下さい」
「い、いやあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


鳳が大きく振りかざした腕を見たのを最後に、は意識を飛ばした。








キミが持っているもの

キミが大切にしているもの


それは全て輝いて見えるんだ


でも、それ以前に




キミ自身がとても輝いているよ


























キミだけ居ればいい





2007.7.21