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何で?
どうして、こんな事になっているの?
ねぇ、誰か教えてよ――――
「お疲れ様でしたー」
PM10:00
バイトを終えたは店長や夜間の人に挨拶をして帰る所だった。
バイトの制服から学校の制服へと着替えると自転車置き場へと行く。
鞄を籠に入れて、目当ての物を取り出そうと手を入れるが
「あれ?もしかして忘れてきちゃった?」
ウォークマンが見当たらない事に落胆する。
のバイト先から家まではかなり遠い。
それを無音の中、暗い夜道を走るのかと思うとゾッとする。
「でも、ま……仕様が無いよね…」
小さく息をつくと、自転車に乗り、ゆっくりとこぎ出した。
背中まで伸びたストレートヘアを風に揺らしながら走る。
この時間、あまり車の通りが無い。
微かな物音に多少敏感になりながらは怖さを紛らわす為、違う事を考えていた。
シャーッ…シャーッ……
その時、背後で不思議な音がするのを感じた。
気のせいだろうか?
最初は特に気に留めていなかったが、でも明らかに聞こえる音。
まるで金属同士が擦れ合って鳴る様な音には訝しんだ。
何気なしに、音の発生源を確認するため、は後ろを振り返った。
「!!!」
は後ろを振り返ったとき、目を見開き、声を失った。
数メートル先に作業服を着た男が立っていたのだ。
断切りバサミを持ちながら。
目が合った瞬間、ニヤリと笑った気がした。
は急いで前を向くと、物凄いスピードで自転車をこぎ出した。
あまりの怖さに目が涙目になる。
どんなにこいでも、金属音が聞こえなくなる事は無かった。
何…?何で追いかけてくるの!?
自転車の自分と徒歩の相手。
全速力でこいでも音が聞こえてくるという事は、相手は相当足が速い事になる。
「はぁっ…はぁっ……はぁっ」
疲れて休みがちになる足に鞭を打ち、頑張って足を動かす。
曲がり角を曲がったとき、後ろを振り返った。
付いて来ていない!
そう思ったはほっとして、前を向く。
「!!!!」
すると、前方にジャキジャキとハサミを動かしながら立っている男がいた。
目が合った瞬間、また笑った。
「きゃああぁぁぁぁぁぁっ!!!」
驚いたは慌てて自転車の方向転換をすると、違う角を曲がる。
家から遠ざかってしまうがそれも仕方が無い。
今のには男から逃げる事しか考えられず、他の事に頭が回らなかった。
男は今もの後ろをついてきている。
は一生懸命ペダルをこぎ続けた。
「はぁっ…はぁっ…!」
あれから何分経ったのだろう。
曲がり角を何回も何回も曲がった所で、漸く男を撒けたようだった。
家に着くと急いで部屋に駆け込み、安心したように息を吐く。
全身から力が抜けていくようだった。
「もぅ……何なんだったのよぉ…っ」
あのときはただ逃げる事しか考えていなかったが、今思うととても恐ろしい。
今更に涙がこみ上げてきて、は布団の中に潜り込むと蹲った。
「っていう事があったの!」
「そりゃ、大変だったな」
「大変だった、じゃないって!本当に怖かったんだからーっ!!」
肘に顎を乗せながら適当に相槌を打つ宍戸にはむっとする。
学校に来てスグに昨日の出来事を隣の席の宍戸に話していたのだった。
「行き成り断切りハサミが追いかけて来るんだよ!?信じられないっ!」
「でも、実際にあったんだろ?…信じろよ」
「そういう問題じゃなくって……っ!」
「どうしたんですか?」
中々取り合ってくれない宍戸にが熱心に話しかけている。
その様子を見て、声をかけたのは2人の後輩である鳳長太郎だった。
鳳はに対し、頭を下げると宍戸にタオルを差し出す。
「すいません、宍戸さん。これ、この前借りてたタオルです」
「おぉ、態々ありがとな、長太郎」
「それで先輩…どうしたんですか?」
恨めしそうな目で宍戸を先程から睨みつけているに焦ったように鳳は声をかける。
話を流す宍戸には一睨みすると、鳳に困ったような表情を向けた。
「実はね、昨日私とっても怖い目にあったのよ!」
「え…怖い目?」
「何でも断切りハサミを持った男に追いかけられたんだとよ」
面白く無さそうに宍戸は会話に割り込んでくる。
さっきまでは全然反応してくれなかったのに、結局聞いてるんじゃん!
はそう思いながらも、うんうん、と頷く。
話を聞いて鳳は驚いたように目を見開かせた。
「えぇぇっ!?危ないじゃないですか!先輩、一人だったんですか?」
「そうだよっ!だってバイト帰りだったんだもん!もう、本当に怖かったんだよー」
思い出して鳥肌がたってきたのか、両腕を摩る。
それを横目で見たあと、宍戸は大げさな程にワザとらしく溜息をついた。
鳳は心配そうにの顔を窺う。
「先輩……今日はバイトあるんですか?」
「無いよ…元々、バイトは秘密でやってるし……あんまり回数は無いんだ」
「それでも……心配です。昨日は良かったかもしれませんけど……今日は」
「だったら、送ってってやれよ。長太郎」
宍戸の発言に2人は驚いたように彼を見た。
急に2人の視線が集まった事に驚いたのか、宍戸は視線を逸らしながら言葉を紡ぐ。
「お前、コイツの事心配なんだろ?家も同じ方面だし……途中まで送ってってやれば?」
「あ、そうですね!今日は部活も無いし……先輩、送りますよ」
「え、え、えぇっ!?でも、良いよ。そんなの、悪いし……確かに嬉しいし、心強いけど…」
かと言ってわざわざ鳳に送らせるという訳にもいかない。
それに恋人同士でも無いのに一緒に帰るという事は、彼のファンはどう思うだろうか。
いや、それ以前に鳳自身も困りはしないだろうか。
悶々と悩み、口ごもるを見て鳳は安心させるように微笑んだ。
「心配しないで下さい、先輩。何があっても俺が守りますから」
「(そういう事じゃないんだけどな……)あ、うん……有難う」
すっかりそういうムードになってしまい、今更断れる状況じゃ無くなってしまった。
鳳はに「放課後迎えに来ます」と告げると、教室を出て行った。
「鳳くん……良いのかな…ていうか元はといえば宍戸が言ったのが原因だけど」
「煩ぇな…大人しく送られてろっての(コイツ鈍感だからな…)」
あの後もと宍戸の押し問答は続いた。
放課後になると、鳳はの教室の前で立っていた。
生徒達は学年の違う鳳をちらちらと見ては去っていく。
暫くすると教室からが荷物を持って出てきた。
「ごめんね、鳳くんっ!待たせちゃって…」
「良いですよ、全然。先輩、掃除だったんでしょう?」
「そーなのよ…しかも今日は担任が居た所為で手抜き出来なかったし!」
「ははっ。駄目ですよ、先輩」
話をしながら玄関へと向かう。
2年生と3年生の下駄箱の位置は違うので靴を履いてから合流する。
隣を歩く鳳を見上げては不思議そうに首を傾げる。
その様子に気付いたのか鳳はを見下ろしながら問いかける。
「どうしたんですか?」
「え、あ、うん……今日部活無いって言ってたのにラケット持ってきてるんだね」
鳳の肩に掛けられたテニスバック。
それを見ては疑問に思ったのだろう。
鳳は苦笑しながら説明した。
「部活は無くても宍戸さんとの朝練はありますから」
「あぁ、成る程ー。宍戸も酷いわねっ。ラケットって重いんでしょ?」
「そんな事ないですよ」
あくまで優しい理想な後輩には溜息が出そうだった。
こんなに良い子を使って……明日宍戸に文句の一つでも言ってやろう!
胸にそう誓っただった。
そんな感じで鳳と他愛も無い話をしながら歩いていると例の場所へとやってきた。
の顔が僅かに固くなっていく。
「先輩……?」
「あ、うんっ。何でもないよ、何でも」
「……ここら辺がそうなんですか?」
鳳は辺りを眺めて誰も居ない事を確認する。
は小さくだが頷いた。
やっぱり怖いのか鳳の袖をぎゅっと掴んでくる。
「……っ」
「先輩……」
「ご、ごめんね…鳳君。ちょっとこのままでも良いかな?」
泣き出しそうなを見て鳳は頷いた。
不謹慎ながらも袖を掴むが可愛いなと思いながらも、改めて鳳は周りを見る。
人影は無かった。
「そういえば、先輩」
「え?」
鳳の声にびくりと顔を上げる。
周りに注意をしてた分、不意に声を掛けられて驚く。
怖いほどに柔らかい鳳の笑顔には少し恐怖を抱いた。
「先輩を追いかけた断切りバサミってどんなものなんですか?」
「大きさとか、って事…?」
「はい」
昨夜の事を思い出す。
逃げる事に必死だったからそんなに詳しくは思い出せない。
何となく朧気に思い出す。
「え…と、長さが大体このくらいあって…」
両腕を広げて長さを示す。
それを見ながら鳳はゆっくりと頷く。
「で、刃は銀色で全体的にボロくて」
「それって」
の説明を遮るように鳳が口を挟む。
余りにも静かに言うので訝しんだはゆっくりと鳳を見上げた。
そして言葉を発するとき鳳の口が歪んだのをは見た。
ジーッとジッパーの音を鳴らしながらテニスバックを開ける。
「こんな感じですか?」
テニスバックから鳳が取り出したもの。
それは
昨夜見たものと同じ断切りバサミだった。
「きゃああああぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
逆光でギラリと光るそのハサミから目を逸らさずは凄い勢いで後ろに後ずさった。
こちらを見上げたまま目を逸らさないを見てニヤリと笑う。
その笑みは昨夜見たものと同じだった。
の中でフラッシュバックが起こる。
「あ…っ……あぁっ……」
「昨日は取り損ねたからな……今日こそは貰えますよね?」
せ ん ぱ い
翌日、髪が肩まで短くなったの姿が見受けられた。
背中まで伸びていた綺麗な髪はある男の手の中に―――。
後ろ手
2007.8.10