それは、他愛も無い事だった。
プルルルルル……
ベッドで寝転がりながら、雑誌を読んでいたの携帯が鳴り出した。
特に気にも留めず雑誌に視線を落としながら電話をとる。


「はい、もしもし?」
『あの、さん?俺、鳳だけど…』


その声を聞いて驚いたように飛び上がった。
ベッドに座ったままの体勢で恐る恐るといった感じに聞く。


「え、鳳くん……?」
『ごめんね、急に。実は明日の時間割を知りたくて、電話番号をキミの親友に聞いたんだ』
「そうなんだ……」
『ごめんね、本当』


本当に申し訳なさそうな声が電話から聞こえてくる。
その様子が目に浮かぶようで、はくすり、と笑うと鞄からファイルを取り出した。


「大丈夫だよ、気にしないで。明日の時間割を教えれば良いんだよね?」
『うん。ありがとう、助かるよ』


親友に聞いたのならばそのまま時間割を聞けば良かったのに、と言い返すと
彼女も分からないからキミに聞いてくれって言われたんだ、と苦笑いで返された。


「あははっ、それで電話番号教えたんだ」
『うん、そうだよ。でも、本当助かったな』
「良いの、良いの。これからもなんかあったら電話してきても大丈夫だからね?」
『ありがとう』


それから二言三言会話したあと、電話を切った。
携帯を充電器に差し込むと、はまた雑誌を読み始める。
クラスメートの鳳長太郎くん。話した事は無いわけじゃ無かったけれど、そんない親しい仲じゃなかったから正直驚いていた。
でも、何だかラッキーだったな。鳳くん、人気者だしね。
そんな事を考えながらは雑誌を捲った。










次の日、学校に着くと席に鳳がやってきた。
机を整理しているの前に立つと、小さな包み箱を差し出す。


「おはよう、さん。これ、昨日のお礼」
「あ、おはよう。え?昨日のお礼って…」


素直にその箱を受け取る。
丁寧に包装を解くと、中から可愛らしいチョコレートが出てきた。


「わぁ…可愛い……」
「何が良いか分からなかったんだけど、喜んでもらえたようで嬉しいな」
「あ、ありがとうっ!でも、そんなお礼なんて良かったのに…」


鳳からのプレゼントは嬉しいが、たかだか時間割を教えただけで貰うのはいささか申し訳ない。
困ったようにプレゼントを見つめるに鳳は笑った。


「気にしないで。俺が送りたかっただけだから」
「…うん、でも、本当に有難う」


鞄の中にこっそりとしまいこむ。
すると、丁度良くチャイムの音が鳴った。


「あ……それじゃ、俺、戻るから」
「うん、じゃあね」


小さく手を振ると鳳は照れたように笑いながら自分の席へと戻っていった。
何だか気恥ずかしい気もする。
次の授業の準備をしようと、机から教科書を取り出した所で、前の席に座る親友に声をかけられた。


「ちょっと、。鳳くんと良い感じじゃない!」
「えっ!?な、何言ってんの!!?」


思わず裏返った声に近くにいた生徒はを見た。
注目を浴びた事に恥ずかしさを抱き、声量を下げるとニヤニヤと笑っている親友を睨みつける。


「良い感じって…別に私、鳳くんとそんなんじゃないしっ」
「ふふっ、分かってるって。アンタには愛しの日吉くんがいるもんねー?」


親友の言葉に今度は違う意味で顔を赤くさせる。
には長い間想いを寄せている相手がいたのだ。
教師が教室に入ってきたので、そこで会話は途切れた。
はからかわれる事が無くなった事に安堵し、心を落ち着かせるため小さく深呼吸をした。








「」
「あ、若くんっ」


昼休み、お昼を食べようと親友と向かい合わせになっている所を隣のクラスの日吉に声をかけられた。
驚いて自分を見上げているの腕を掴むと、そのまま教室を出て行く。
親友は「ごゆっくり」なんて言いながら手を振りながら2人を見送った。



「あの、若くん?」
「…」

屋上に来ると、繋がれた腕は離れた。
腕を寂しそうに見ていると、突然、日吉はの肩を抱き寄せて耳元で呟く。


「俺、お前が好きだ」
「えっ……!」
「前からずっとお前を見ていた」


本当?
聞き返すと、無言でこくり、と頷いてみせる。
は嬉しくて目が熱くなるのを感じた。


「お、おい…っ何で泣きそうなんだよ……」
「ち、違うの…こ、これは、嬉しくて……」
「!」


の言葉に離れかけた日吉はぴたり、と止まった。
そして、顔を覗き込むようにして見ると、ははにかんだように笑う。


「私も、ずっと若くんが好きだったから…」
「……っ!」


先程より強くを抱きしめる。
もゆっくりと、日吉の背中に腕を回した。


「俺と、付き合ってくれるのか……?」
「勿論…っ」


2人は互いに目を合わせると、どちらからとも無く唇を合わせた。


「………」


その姿を誰かが見ていたという事に気付かずに―――――。











「!今日ケーキバイキング行かない?」
「あ、ごめんっ。今日は予定あるから無理なんだ……ごめんねっ」


放課後、帰り支度をしていると親友に声をかけられる。
だが、眉尻を下げてはすまなさそうに断った。
えー!というブーイングが聞こえたと思ったら次にはにんまりという笑みでを見る。


「はっは〜ん、さては、日吉くん、かな?」
「!!! ちょっ……」


顔を真っ赤にさせて立ち上がる。
それを見てますますにやつく。
昼休みの後、何があったのか、と迫られ親友に真実をぽろり、と漏らしてしまったのだった。


「からかうのは止めてよ〜」
「はいはいっ、ごめんって!それじゃ、また今度行こうねっ!バイバイ!」
「うん、ばいば〜い!」


手を振って親友を見送る。
教室に出て行った彼女を見て、も自分の荷物を持って教室を出ようとした時だった。



プルルルルルル……



自分の携帯が鳴った。
放課後だった為、マナーモードを解除していたは戸惑いもなくその電話に出る。


「はい、もしもし?」
『…………』
「…あの?」


聞き返したとき、ブチッという音と共に電話は切れてしまった。
一瞬の事で、目を丸くするだったが直ぐに携帯を閉じる。
どうせ、掛け間違いかなんかだったんだろう。
特に気にも留めず、携帯を鞄に入れるとは教室を出て行った。



しかし、それ以降への不審な電話は続く。
あの後、教室を出た所でもう1度電話が来た。
勿論、それは先程と同じ無言で切られる電話。
最初のうちは変だな、と思う程度だったが、10分置きにはかかってくる電話にさすがのも怖くなってきた。



プルルルルル……



「もうっ!何なのよ!」


いい加減、電話に出るのが鬱陶しくなったは携帯に出ない事にした。
用事を終えて、今は家にいる。
部屋のテーブルの上でガーッガーッとバイブで揺れながら携帯は着信を訴える。
また、無言電話だろう。
そう思ったは携帯を見ないようにして、雑誌に手をつける。
次第に携帯は持ち主が出ない事を示す留守番電話へと変わった。
ピーッという無機質な音の後に、は信じられないものを聞く。



『今、何をしているの?雑誌でも読んでいるのかな?』
「!!!」



思わずは読もうと思っていた雑誌を床に落とした。
ゆるゆると携帯に視線を移す。
携帯はまだ喋り続けている。


『ふふっ……驚かなくて良いよ。俺はの事なら何でも知ってるんだ。いつも見てるから、ね』


ピーッ
録音の終了を示す音が部屋に響いた。
は携帯から目を離せず、そのままの体勢で氷のように固まり動けない。
その日、携帯に電話がかかってくる事は無かった。
何だったの?今の……。
は不安に思いながら眠りについた。




それからというものの、不審な電話は止まる事は無かった。
無言電話は無くなったが、その代わり、声で沢山の事を聞かれる。
次第には携帯の事ばかり気にするようになった。
日吉と一緒にいる時でも、だ。
それは、の日常を脆くも崩壊させる事に繋がった。
今は怖くては外に出られず家に篭ってしまっている状況になっている。
勿論、学校にも不登校だ。


「」
「……え?」
「そんなに携帯が気になるのか?」


さっきから携帯しか見てないにむっとした表情で聞く。
今日はの部屋でのんびりと2人で過ごしていた。
が心配だ、と日吉はお見舞いに来てくれていたのだ。
隣に座るの肩に手を回すと自分に凭れさせるようにする。


「俺じゃなくて、そっちの方が気になるのか?」
「そういう訳じゃ……んぅっ」


口を開いたの唇に口付ける。
に携帯を見させないようにしっかりと両頬を固定すると口内を舌で弄ぶ。
暫くしてからゆっくりと離れる。


「何かあったのか…?」
「えっ?」
「何でそんなに辛そうな顔をするんだ?」


心配げに見つめる日吉には言葉が出なかった。
こんなにも自分を心配してくれている人がいる。
は目元に涙が溜まるのを感じながら日吉に抱きついた。


「ごめん、なさい……でも、心配してくれて、有難う…」
「……」
「今度、ちゃんと話すから、今は何も聞かないで……?」


泣きそうなの顔を見てますます日吉の顔は辛そうに歪んだ。
そっと、目元に唇を寄せると、細い体を力強く抱きしめる。


「……分かった、が話してくれるまで待ってる」
「ありがとう…」


日吉の暖かい言葉には涙を流した。
それからどのくらい経ったのだろうか。
日吉はゆっくりとを離すと、立ち上がった。


「それじゃ、また来るから…」
「うん、有難う」


は玄関まで日吉を見送る。
玄関先でもう1度軽く唇を触れ合わせるとそのまま日吉は帰途についた。
その後姿を見えなくなるまで見つめると、は部屋へと戻る。
その瞬間、今まで鳴っていなかった携帯が鳴り出した。



プルルルルルルル………



「!」


は携帯を一瞬見るとすぐさま、布団の中に潜り込んだ。
両耳を塞ぐようにして体をうずくませる。
聞きたくない、聞きたくない、聞きたくない……っ!
ぎゅっと力強く目を瞑り、その電子音が消えるのを待った。


ピーッ
『今日は何してたの?まぁ、聞くまでも無いよね。日吉と一緒にいたんでしょ?』
「!!!!」


電話から発せられた言葉には閉じていた瞳を大きく見開いた。
耳を塞ぐ手が震える。


『そういえば日吉と付き合ってるんだよね?彼とは何処までいったの?キスはした?もう、犯っちゃった?』
「………っ」
『最近学校に来てくれないよね。俺、寂しいんだよ?いつも君の机と椅子、愛してあげてるのに』


怖い…怖い……怖い……っ!
誰だか分からないという恐怖。
だが確実に言える事は相手も同じ学校の生徒だという事だった。
電話はそこで切れる。
ほっとしたのも束の間、直ぐにまた電話が鳴り出す。
は目に涙を溜めながら早く切れてくれるのを祈った。
しかし、それは儚い希望でしかない。


『……どうして、電話に出てくれないの?前まであんなに仲が良かったのに…。やっぱり、日吉がいるから?だから俺に会ってくれないの?』


電話から容赦なく問い詰められる。
何で、何で、何で……。
延々と続く問いかけ。
はそれに答える訳でもなく、震える手で布団をぎゅっと掴んだ。


『あぁ………そういえば、俺がプレゼントしたチョコレート、食べてくれたのかな?』
「!!!」


プレゼントしたチョコレート。
その言葉を聞いた瞬間、の中である人物が浮かび上がる。
異性からチョコレートを貰ったのはの思い当たる人物で一人しかいない。
まさか………。


『返事、聞きたくて。美味しかった?でも、電話しても返事くれないから………』







「直接会いに来たよ」







すぐ近くで聞こえた声にの体は飛び跳ねた。
起き上がったを見下ろしているのは、紛れもない鳳長太郎。
片手には携帯を握り締め、笑顔でを見ていた。


「あぁぁぁ……っ……」
「久しぶりだね、さん。やっと、見る事が出来た」


にっこり、と笑う鳳。
はがくがく、と体を震わせながら見返した。
どうして、私の部屋に?
どうして、鳳くんが?
いろんな疑問が頭を占めるが、声となっては出る事は無かった。
鳳はゆっくりと携帯を閉じると、酔ったようにを見つめる。


「ねぇ、チョコレート食べてくれた?」
「……っ!」




「俺の、精液が入った、チ ョ コ レ ー ト」




の部屋から、悲鳴と高い笑い声が響いた。




















壊れたキミ




壊れたのは、どっち?




2007.7.24