君の誕生日、盛大に祝ってあげる

俺のとびっきりのアイでね……












「どうしたの、浮かない顔なんかして」


呆けていたの耳に親友の声が聞こえてくる。
その声に飛びかけていた意識を戻して、目の前でパックのいちごミルクを飲んでいる親友を見て小さく溜息をついた。


「ちょっと、ね…」
「なぁによ、その含み。悩みがあるんならどんと言いなさいよ!」
「……」


の曖昧な態度に眉尻を吊り上げると、飲み終わったいちごパックをぐしゃり、と握りつぶした。
その様子を無言で見ていたが、小さく「うん」と言い、頷いた。


「実はね、最近…誰かに見られてる気がするの」
「えっ……!」
「教室にいる時も、廊下を歩いている時も、部活をしている時も、家に帰っている時、も…」
「ちょっとそれって…」
「なになに?ストーカー?」


親友の声を遮って口を挟んだのは男の声。
声がした方に視線を遣ると、の隣の席の、切原赤也。
テニス部のエース切原は、机に突っ伏したまま顔だけをと親友の方に向けていた。


「サン、ストーカーにあってるの?」
「ストーカー…なのかな…でも、気のせいかもしれないし」
「いつ頃からなの?」


親友の言葉に思考をフル回転させる。
誰かに見られている。そう感じたのは確か……


「1ヶ月前くらいからかな…」
「そんなに前から!?ちょっと!何で早く言ってくれなかったのよ!」
「だ、だって……気のせいかもしれないし…」
「1ヶ月前からも、しかも今もそう感じてるんだったら気のせいじゃないでしょ!」


を叱り付ける親友と、しゅんと俯いてしまっているを見比べる。
赤也は2人のやりとりを大人しく見ている。


「とにかくっ!今のところは見てるだけかもしれないけど、次からは何してくるか分からないわっ!」
「う、うん……」
「いーい?!何かあったら私か切原に言うのよ?」
「何で俺が…」


口を挟んだ切原をギンッと睨みつけると黙らせる。
親友はごほん、と咳をするとまだ持っていたいちごパックをゴミ箱に向かって投げた。
1番後ろの席であるの近くにいた為か、ゴミ箱に綺麗に入っていった。


「私との話に口を挟んできたんだからそれくらいしなさいっ!男なんだし!」
「いや、男ってのは関係無いん」
「分かったわね?」
「……おぅ」


圧力をかけるの親友に凄んだ赤也はこくこく、と首を縦に振った。
その時、丁度始業のベルが鳴る。
親友はに手を振ると、席へと戻っていった。
勿論、赤也に先程の事を釘さすのを忘れずに。


「ごめんね、切原くん」
「え?」
「なんか押し付けるような事になっちゃって、さ」


苦笑いを浮かべる。
その表情を見て、がしがし、と頭をかくと視線を逸らして呟いた。


「別にアンタの所為じゃ無いから良いよ。それに、悪者退治ってなんかカッコ良くねぇ?」
「ぷっ…あはははっ!う、うんっ、そうかもね」


目を輝かせて言った赤也を見て一瞬目を丸くしたが、すぐに笑みを浮かべる。
先程の憂い顔は今のには無く、赤也はうっすらと目を細めた。








あれから1週間、の身には特に何も起こらず平凡な毎日を過ごしていた。
切原くんがいてくれてるお陰か、最近は視線を感じないな。
ようやく平穏な日が戻ってきた。はそう思いながら帰途についていた。
今日はの14歳の誕生日。学校では友達が祝ってくれて、沢山のプレゼントを抱えていた。
早く帰ってプレゼントを整理しよう。
そんな気持ちが逸り、いつもより歩くスピードが少し速くなる。


コツ……コツ………


「!!」


びくり、と肩が上がる。思わず足が止まった。
が止まると同時に足音も止まる。
不運にもこの道を通っているのは以外人影が見えない。
手に持っていた荷物を強く握り締めると、先程よりも早いペースで歩き始める。


コツ…コツコツ……


の速度に比例して、足音も早くなった。
誰かが付いてきている…?
言いようもない恐怖感が心を占め、はついには走り出した。


怖い…怖い…怖い……っ!


「はぁっ…はぁっ……」


家まであと少し。
まだ足音は聞こえてくる。
それに、今日に限って親は帰りが遅く、今家に帰ってもは一人だった。
それでも今は家に入りたい。
は残った力を振り絞り、全速力で走る。


家が見えてきた…っ!


顔に安堵の色を浮かべたとき、


グイッ



腕を、引かれた。





「きゃぁぁぁっ!!!」


は反射的に声をあげ、掴まれた方を振り返ってしまった。
脳裏に先程のストーカーが過ぎったが、目の前にいる人物を見ては呆けた。
腕を掴んだ人物は


「な、なんだぁ?何かしたか?」


切原赤也だった。

脱力したはその場にへなへなとしゃがみ込んだ。
その様子に驚いた赤也はに合わせて自身もしゃがみ込む。


「お、おい…どうしたんだよ?」
「……ふぇっ」


顔を覗き込むとの大きな瞳からはぽろぽろ、と涙が溢れてきた。


「えっ…おい……」
「切原くんで、良かったぁ……っ」
「………」


そう言いながら目元を擦る
そんなを見ながら口元を歪めると赤也は呟いた。


「俺で、良かった……ねぇ?」
「え……っ?」


いつもと違う赤也に涙を目元に溜めながらは不思議そうに赤也の顔を見上げた。
俯いている赤也の顔は前髪が邪魔して上手く窺えない。
声をかけようと、口を開くがそれは悲鳴へと変わった。


「痛…っ」


掴まれたままだった右腕に不意に力が込められたからだ。
何が何だか分からないは戸惑い、そして、赤也を見る事しか出来ない。


「切、原くん……?」


無言のままの切原が何故か怖いと感じた。
身を捩り後ろに下がろうとするが、彼に掴まれている腕がそれを許さない。


「ねぇ、サン」
「!」
「まだ、誕生日プレゼント渡してなかったよね?」


突然、赤也は明るい調子で聞いてきた。
いつもの切原くん……?でも、どこか、違う……。
少し警戒しながらもはこくん、と小さく首を縦に振った。
赤也は俯いていた顔をあげを見ると、今まで後ろに隠していた大きな冊子を渡した。


「アルバム……?」
「そっ。俺の大切な愛しい愛しい……」


放された右腕を使い、アルバムを捲る。
中に挟まれていた物を見ては大きく目を見開いた。




「いっ、いやあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」




「愛しい、のアルバム…」




思わず地面に放り投げる。
投げられたアルバムは鈍い音を立ててと赤也の間に落ちる。
開かれたまま投げ出されたアルバムには一面、の写真が貼ってあった。


○月×日 お弁当を食べている
○月△日 体育でバレーをしている
○月□日 廊下で友人と話している
○月◎日 トイレでスカート丈を直している


一つ一つの写真の下にはその時の事を律儀に書かれている。
どのページにも同じようだった。


「あーあ、投げる事ないじゃん。俺が折角の為だけに苦労して作ったのに」
「……いやっ……」
「最近は、の近くにいれたから写真を撮る事は出来なかったけどね」


恐怖で腰を抜かして立てないは赤也を見る事しか出来ない。
赤也はアルバムを拾うと、1枚1枚愛しそうに見つめながら捲っていく。


「笑っている、怒っている、泣いている、照れ笑いをしている……いろんなの顔を撮れたけど、まだ一つだけ撮れてないがいるんだ」
「え…っ……い、いやっ…こ、来ないでぇぇぇっ……」
「俺はの全部が見たいから……」


パタン、とアルバムを閉じると赤也はに近づく。
距離を置くため後ずさるが、背中が壁がくっつきに逃げる術は無くなった。
目を見開いて、がくがく、と体を震わせながら自分を見上げてくるを見て目を細める。
そして、そっとの滑らかな頬を指でなぞると、目元に溜まっていた涙をぺろり、と舐め上げる。




「快感に善がり、啼き叫ぶを俺に撮らせてよ」
「!!!」


ソレデ完成スルンダ―――


獣のように妖しく光る赤也の瞳を見て、見開いた目から涙が一筋流れ落ちた。











君の誕生日、盛大に祝ってあげる

俺のとびっきりのアイでね……



ねぇ、嬉しい?






全部見せて





2007.7.20