貴方に似合う花

貴方に似合う色



それは、この薔薇と同じ真紅ですよ














欠伸を噛み締めながら廊下を歩いている少女。
少しくせっ毛のある髪の毛をそのままに、ごしごし、と目元を摩って歩いているのは聖ルドルフ学院の3年生、である。
寮の廊下では勿論、知った顔ともすれ違う。
その人たちに挨拶をしながらも、は再び欠伸をしながら学校へと向かった。
深夜までパソコンをやっていたのが不味かったのかな。
薄っすらと出来たクマも今はファンデーションの下に隠れてしまっているが、疲れはまだ顔に残っている。
学校に着くと、寝ぼけた目では自分の下駄箱を開けた。



すると、そこには一通の手紙が置いてある。



暫く頭が動かなかったが、その手紙を見て一気に覚醒した。
バタンッと思い切り下駄箱の戸を閉めると、下駄箱に書かれている名前を確認する。
そこには、『』と書いてある。
……間違いない、私の下駄箱だ。
間違って他人の下駄箱を開けてしまったのか、と一瞬ひやひやしたが、きちんと自分の下駄箱だった。
はもう一度開ける。
変わらず手紙は上靴の上に置かれていた。


「これ、ラブレター?まさか、ねぇ」


かと言って嫌がらせの手紙だったら嫌だなぁ。
差出人も書かれていない手紙。捨てるのもなんだったので、はそのまま鞄にしまうと上靴を履いた。
誰からの手紙だろう?
この次世代、携帯が普及しているので、手紙を見るのはとても久しぶりだった。
は教室に着くなり自分の席へ座ると、先程の手紙を取り出す。


「なっ……何、コレ……」




貴女にぴったりの花を贈ります




真っ赤なペンでそれだけ書かれていた。
丁寧な文字が余計に恐さを醸し出している。
はそっと封筒にしまうと、鞄の奥にしまいこんだ。
私にぴったりの花って……?
自分自身の事を考えてみるが、さっぱり浮かばない。
どうせ悪戯だろう。
そう思ったは特に気にした様子でもなく、その日の授業を受けていた。












「じゃあね、!」
「うんっ」


友達と寮まで戻ってくると、部屋の前では別れを告げた。
あー、今日も1日疲れたなー!とりあえずまずはお風呂だ!
は鼻歌を歌いながら、鍵を差込み、ドアノブを回した。
部屋に入ったところで、違和感を感じる。


「花の、匂い……?」


朝とは違う部屋の変化には眉間に皺を寄せる。
電気をつけてみると、机の上に大きな花束が置いてあった。


「赤い、薔薇……」


その花を見ては脳裏にある言葉が浮かんだ。




『貴女にぴったりの花を贈ります』




咄嗟に持っていた鞄を見下ろす。
朝、下駄箱に入っていた手紙の事なのでは無いだろうか。
は急いで手紙を鞄から取り出すと、中身をもう一度読む。
そして、花束に視線をやる。


「まさか、本当に……?」


贈り主は分からない。
だが、手紙に書かれた通り、自分の元に花が届いた。
とりあえず、は花を適当に花瓶に生ける。


「薔薇……か、確かに綺麗な花だけど、何だか不気味ね」


謎の多い花だからだろうか。
は素直に花の綺麗さを受け止める事が出来なかった。







花を贈られ続けて、2週間が経とうとしていた。
毎日毎日、学校が終わり、帰ってくると同じ花束が同じ場所に置かれている。
最初は気味悪く思っていたが最近はそうでもない。
人間、慣れというものは怖いもので、慣れてしまえば何とも感じないものだ。
は今日もあるかもしれない薔薇を思って小さく息を吐いた。


「、最近薔薇の匂いするね」
「え?」
「香水かなんか?」


友達に問いかけられてドキリとした。
流石に毎日真新しい薔薇を生けていたら匂いでもつくのだろうか。
は友達に否定しながら笑って話す。


「違う違う。毎日薔薇が贈られるからそれを生けてるの」
「え……どういう事?」
「誰だか分からないけど帰ったら薔薇が部屋の中に置かれているの」


変だよねー、と笑いながら言うだったが友達は硬直したように固まる。
不思議そうに見返すと友達は震える唇で言葉を紡ぐ。


「ねぇ……」
「ん?」
「それって、誰かがの部屋に入ってるって事……?」
「!」


そこで漸くも友達が示した反応を理解する。
最初の方は不気味に思ったこともあった。
だが、薔薇を贈られて来る事以外何かあった訳じゃない。
寮で暮らしているの部屋に入れるものなど、以外合鍵を持っている管理人以外有り得ないのに。


「…なんだか、怖いよ……それ」
「………」
「今度また来たら飾らないで捨てなよ!きっと相手は飾ってる薔薇を見て贈り続けてるんだよ」


泣きそうな友達に肩を揺すられながらは呆然と薔薇の事を考えていた。
赤い薔薇の花言葉――――それは




熱烈な愛











部屋へと帰る道を歩きながらはずっと考えていた。
学校で友達と話していた部屋に贈られる薔薇について。
はそれ以来授業中もずっと同じ事が頭の中をめぐっていた。
気にもしなかったが、改めて考えて思うこと。
それは誰が薔薇を贈ってくるのか、という事だった。
まず、親では無い。毎日置きに来れる程近い場所に住んでる訳じゃない。
そして、恋人という線も無い。第一には恋人が居なかったからだ。
だったら、誰?


「あれ……?」


が部屋のドアノブを回したとき、違和感を感じた。
ドアが、開いている……。
背筋に何かが走りぬけたようには固まる。
ドクン、ドクンと心拍数が上がるのを感じた。
まさか、誰かいる……?
ドアを静かに開けてみても、暗くて電気を点けないかぎり中は伺えない。
ガチャリ、とドアを閉めるとは意を決めて電気を点けた。




「え………」




視界に広がる光景には唖然とする。
部屋いっぱいに薔薇が埋め尽くされていた。
足場の踏み場が無いくらいに床に散らばっている薔薇。
足を踏み入れたの足の下にも薔薇が散乱していた。


「何、これ……」


靴を脱ぐのも忘れ、は部屋の奥へと足を進めた。
そして、ある一点に視線を留めたとき、は大きな瞳を更に大きくさせ見開いた。
いつも薔薇を飾っていた花瓶には、彼岸花が生けられている。


「や、やだ……っ……なんで、こんなとこにこんな花が……」




「気に入ってもらえましたか?」




後ろから聞こえた声には勢いよく振り返る。
そこには見覚えのある人物が立っていた。


「み、観月くん……」
「んふっ、僕の事を知っていただけていたなんて、光栄ですね」


自分の前髪を弄りながらも、ギラギラと光る瞳はから放さない。
蛇に睨まれた蛙の如く、も観月から目を放せなかった。


「僕からのプレゼント、気に入って頂けましたか?」


妖美に口元を歪めながらに問いかけた。
しかし、その言葉はには届いていない。
この状況にはついていけていなかったからだ。
目の前に立っているのは観月はじめ。同じ学年の生徒。ただそれだけ。
同じクラスでも無ければ、同じ部活でも無い。
知っているけれど、そこまで仲の良い訳じゃない人物が自分の部屋にいる。
その事だけでもを混乱させる大きな要因となっていた。
呆然と言葉を発せずにいるに笑うと観月は前髪を弄っていた手を放した。


「貴女に似合うのはここにある薔薇、そしてそこにある彼岸花と同じ綺麗な赤い色」
「………っ」
「だから、貴女もここにある花たちと同じ色に染めてさしあげましょう」


観月はゆっくりと背中から刃物を取り出した。
ギラリ、と鈍く光るその得物を見ては後ずさる。
距離を縮めようと近づいてくる観月には首を横に大きく振った。


「い、いやっ……や、やめ……」
「さぁ、貴女を今綺麗な色に……」
「い、いやあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」












薔薇の上に倒れこんだを見下ろし、観月はを刺した刃物を彼岸花の近くに置いた。
まるで薔薇の中から出てきた眠り姫のような。
薔薇に囲まれているの顔の近くに跪くと、冷たい唇にそっと口付けを落とす。




「あぁ……やっぱり……」




貴女には赤い色が似合いますよ


今はもう動く事の無いの体を愛しそうに抱きしめながらそう呟いた。




















よく似合ってる








2007.7.25