がいけないんだよ?

俺の元を離れていこうとするから

だから俺は取り入られたんだよ



俺という悪魔に

















俺には1個下の妹がいる。
素直で、明るくて、気付いた時、俺は妹に恋している自分が居る事を自覚した。
最初は気持ちを押し込める事でいっぱいだったんだ。
世間からの目っていうのもあるし、何より、が俺の事を兄としてしか見てない事は一目瞭然。
報われない恋心なんて切ないだけだろ?
気付いたらの事ばかり考えている自分。
の事を忘れる為に毎日部活のテニスに没頭した。
テニスは楽しかったし、仲間も面白くて、その時だけはの事を忘れられていたんだ。
当然、毎日帰るのも遅かった。
だから気付かなかったんだよ。
が俺のいない間に男を家に入れてたなんて…。
それを知ったのはつい最近だった。


「ただいまー」


珍しく部活が早く終わった俺は家に入る。
部屋に居るであろうを思うと胸が苦しくなる。
溜息をつき、下を見たとき、俺は見慣れないものを見た。
の靴と、その横に置かれている男物の靴。
胸の中がざわめくような嫌な感じがした。
俺は物音を立てないようにそっと階段を上がる。
階段を上がった先に、俺との部屋がある。
不気味な程に静かな部屋。
息を潜めてそっとの部屋の前で立ち止まり、聞き耳を立てた。


「……んっ……やぁっ……」
「!」


僅かに聞こえた声を聞いて咄嗟に扉から距離を置いた。
物音が立たなかったのはほとんど奇跡だ。
うっかり落としそうになったテニスバックを握り締め、俺は自分の部屋に入った。
静かに扉を閉めると、ドサリ、と床にバックを落とす。
波打つ心臓に気が動転する。扉に背をつけて、荒く息を吐く。
が……
が………
…他の男とヤっている……



ドクン



強く打つ胸を強く押さえつける。
そのままズルズルとしゃがみ込み、蹲った。



ドクン




ドクン




俺さえ気持ちを抑えていればそれで良いと思っていた。
俺さえ我慢すれば今のままでいられると思っていた。
今の関係のままでも、俺に笑いかけてくれると……そう思っていた。
だけど……


『……んっ……やぁっ……』


他の男に抱かれている。
確実には俺の元を離れていく。
それは年を重ねれば重ねる程近づいてくる。


が俺の元を離れるなんて嫌だ……っ!


蹲ったままぐしゃり、と髪の毛を掻き毟る。
どうしたら良いんだ?どうしたら良いんだよ。
どうしたら、は俺の元を離れていかなくなる?
どうしたら、ずっとの事を近くで見ていられる?



閉ジ込メテシマエバ良インダヨ



はっとしたように目を見開く。
髪の毛を掴む手に力がこもる。



閉ジ込メテシマエ
閉ジ込メテシマエ
閉ジ込メテシマエ



「閉じ、込める……」


頭に響く声を口に出す。
虚ろな目でゆっくりと顔を上げた。
口に出せば出すほど、安心する。


閉じ込めてしまえばは離れない。

ずっと、俺の傍に――――。



















ガチャリ。
突然開いた扉に驚いたようには目を見開かせた。
家に帰る彼氏を玄関まで送ったは部屋に戻ろうと階段を上りきったところで、突然現れた兄の姿にドキリとした。
妙な汗が額に浮かぶ。


「お、おかえり……帰ってたんだ?」
「………」
「お兄ちゃん?」


無言のまま俯いている虎次郎を不審に思ったのか、近づいて下から覗き込む。
その瞬間、ガシッと思い切り右腕を掴まれて顔を歪めた。


「い、痛いっ!な、何するの!?」
「………」
「!」


今まで聞いた事も無いような低い声で自分を呼ぶ虎次郎にびくり、とする。
何かが変だ。いつものお兄ちゃんじゃない……。
得たいの知れない恐怖感を抱いたは咄嗟に逃げようと腕を引く。
だが、男である強い虎次郎の力に敵う訳も無く、余計に腕が痛くなった。


「がいけないんだよ?」
「!!」


ぐいっと腕を引かれてそのまま部屋へと連れ込まれる。
バランスを崩したを開いていた押入れに放り投げた。
虎次郎はスグに扉を閉めると、テニスラケットや鞄、テーブルなどを置き開けられない様に物を置く。
その瞬間、ドンドンッと扉を叩く音が響いた。


「や、やだっ!お兄ちゃん!出して!出して!せ、狭いよっ!い、いやぁぁっ!」


が小さい頃から閉所恐怖症なのを知っている。
押入れのような狭い所に入れられると不安が押し寄せてくるらしい。
とうとう泣き出してしまったの啜り泣く声が聞こえてくる。


「うぅぅっ……怖いよ…怖いよ、お兄ちゃん……助けてぇぇぇ」
「じゃ、俺のモノになる?」
「……えっ……?」


虎次郎の言葉にが息を呑んだのを感じた。
口元を歪めて笑うと、押入れの扉にそっと手を当てる。


「あの男に抱かれるように、俺に抱かれるなら出してあげる」
「お、お兄ちゃん……聞いて、たの……?」


張り詰めたような雰囲気。
涙が止まりつつある目を擦り、扉の前に立っているであろう兄に問いかける。
無言でいるという事は肯定しているのだろうか。
何も返せないでいると、虎次郎のくつくつとした笑いが聞こえてきた。


「まさか俺が部活に行ってる時にが啼かされているなんて知らなかったよ」
「……っ」
「抱かれた後、帰ってくる俺を笑顔で迎えてくれていたって考えると笑えてくるよ」


そうやって何も知らないでいる俺に偽りの笑顔を見せていたんだね。
純粋で綺麗なはいつのまにかに居なくなっていたんだね。
あの、男の所為で………。


「お兄ちゃん…ごめんなさい、ごめんなさい……」
「どうしてが謝るの?悪いのは全部アイツだろ?」
「っ!……お願い、お兄ちゃん…ここから、出してっ!」


再び扉を叩き出したを見て呆れたように溜息をつく。
近くにあるベッドに腰掛けるとそこから押入れを眺めた。


「だから、が俺のモノになってくれるのなら出してあげるって言ってるだろ?」
「それは……っ……出来ないよ…っ」




「だったらずっとそこに入っていなよ」




低く冷たい声には声を詰まらせた。
沈黙が2人を包む。
もう少しだ……。
そう思った虎次郎はニヤリと笑うと、ベッドから腰を上げて部屋の扉へと歩いていく。
物音に気付いたのかは焦ったように声を出した。


「え……ど、どこかに行くの?」
「ああ、ちょっと用事があってね」
「ま、待って…っ!置いてかないで!私を一人にしないでぇぇっ!!」


の言葉を背に虎次郎は扉を閉めて部屋を出た。
下に下りるとの靴を透けない袋に入れると、家に近いゴミステーションまで持っていく。
ドサリと音を立てて落ちた靴を見る虎次郎の目は虚ろだった。














部屋に戻るとの嗚咽する声が聞こえてくる。
ゆっくりと部屋の扉を開けると、その音を聞いての声が止まった。


「お兄ちゃん?お兄ちゃん、いるんだよね?」
「………」
「私、お兄ちゃんのモノになるよ……っ…だから、ここから出して……怖い、怖いよ…」


狭い所に入れられてだいぶ時間が経つ。
相当限界が近いのだろう。はついに虎次郎の出した要求に応えてしまった。
その言葉を聞いて虎次郎はニヤリと笑うと扉を押さえていたバック達をどかす。
そして、ゆっくりと扉を開けると、が飛びついてきた。


「うっ……怖かったよ……怖かったよぉぉ」
「……ごめんよ?」


しがみ付いているの頭をゆっくりと撫でてあげる。
自分の胸に頬を摺り寄せてくるを愛しげに見下ろしながら虎次郎は残酷な言葉を紡いだ。




「俺が求めるときだけ、出してあげるからね」




虎次郎の言葉には凍りついた。
頭を撫でる虎次郎の手が恐ろしかった。




















「母さん!大変なんだ!」


夜、母親が家に帰ってきた途端、大慌てで階段を下りてくる虎次郎を見て母は訝しんだ。
肩で呼吸する虎次郎がただ事じゃ無い事を物語っている。
何があったのか問いただすと、信じられない事実を告げられる。


「が……が、帰ってこないんだ…」
「えぇっ!!?」
「さっきから携帯に電話しても繋がらなくて…俺、心配で心配で……」


泣きそうな息子の顔を見て母は顔を真っ青にさせる。
携帯を握り締め、警察を呼ぼうと言う母を宥めさせる。
まだ誘拐と決まった訳では無い。もう少し時間を置かないと警察も取り合ってくれない、と。
それでも、まだ混乱気味の母を慰めながら虎次郎は心の中でこっそりとほくそ笑んだ。





もう、これでは、俺のモノ








数日後、捜索願の出されたのポスターを見て、虎次郎は一人笑っていた。
















幽閉








2007.7.27