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まだ日が完全に昇っていない薄暗い早朝。
しんとした中、温室の端っこから水音が聞こえていた。
「これでよし、っと!」
額に浮かぶ汗を手で拭うと息を吐いた。
魔法で手に持っていた如雨露を消すと、ローブの裾についた土をぱんぱんっと叩き落とす。
「元気に育ってね、私の野菜ちゃん!」
の言葉に答えるように植えられている野菜の葉がそよそよと動いた気がした。
「そろそろ朝食の準備をしなきゃ!みんなと食べれなくなっちゃうっ」
収穫できた野菜を手にもち、あわてて厨房へと向かった。
毎日毎日朝早くはここに訪れると、自分で育てている野菜たちに水や肥料などを与えている。
美味しそうな日本食が作れるのも毎日頑張ってこうして温室に訪れているからだ。
「・・・・いつかセブルスも食べてくれたら良いんだけど・・・」
胸に抱いた野菜を見下ろしながら小さく呟く。
けれど、すぐに首を横に振ると見つからないように気配を消して静かに学校内へと走っていった。
がやがやと朝から賑わう大広間。
席にはほとんどの生徒が着席して、朝御飯を食べている。
グリフィンドールでもが嬉しそうにいろんなフルーツに手をつけているし、その横で黙々とサラダを食べ続けるも見受けられた。
の横に一人分あいている空席めがけては両手で大事にお盆を持ち、早歩きで駆け寄る。
「もーにん!」
ガシャンッという音をたてて、お盆をテーブルに置くと席につく。
「おはよう、ちゃん!」
「・・・・おはよ」
朝から元気いっぱいのの声と不機嫌そうに低い声で挨拶をする。
が不機嫌そうな声を出すのは、決して不機嫌ではなくただ眠たいだけだと分かっているので特に気にする事もなくローブからマイ箸を取り出すと両手を合わせる。
「いただきます!」
「わぁ〜!今日はお味噌汁もある〜!」
ごくりと喉を鳴らすを横目にふっくらと炊けた白米を口に頬張る。
「お味噌が出来たのでお味噌汁を作った!大根とにんじんとネギ。ここまで来ると豆腐が欲しい・・・」
「豆腐!?」
豆腐に過剰反応を示したにしまったと思うが時既に遅し。
現代では大がつくほどに豆腐が好きであった事を今更に思い出す。
「豆腐!豆腐!わぁ〜!豆腐とかここで食べれたら本当幸せかも〜。もし出来たらちょっとでも良いから頂戴!」
「・・・う、うん。分かったよ。分かったから、落ち着いて!」
今にも飛び掛ってきそうなをその辺にあったフルーツを口に放り込み大人しくさせる。
「相変わらず、貴女達は仲が良いのね」
目の前から聞こえた声に視線をうつすと赤い髪を揺らしながらリリー・エバンズがこちらを見ていた。
ここ、良いかしら?と聞いて空いていたの横に腰を下ろす。
嫌いでは無いがあまり関わろうとは思っていなかったリリーが目の前に座った為に、少しだけご飯が重く感じた。
「おはよ、リリー!今日も凄く可愛いね!」
「ありがと、。そういうも今日も愛らしいわよ」
「もう!リリーったら!」
お互いに褒めあうと、互いに顔を見合わせて笑う。
女の子が大好きなは本気でそう言っているのだが、リリーは社交辞令として受け取る。
これは編入してきてからほぼ毎朝行われる言わば恒例の言葉であり、二人の間では既に挨拶のように習慣化されていた。
とリリーにとってこれは朝の言葉のスキンシップなのである。
その様子を横目でみながらずずずっとお味噌汁を啜る。
「今日は凄く良い匂いがするわね?」
「お味噌汁の事?今日はちゃんがお味噌汁を作ったから、その匂いかも」
「ふ〜ん?」
興味深そうにリリーはのお盆を見る。
いろんな事に興味を抱くリリーはもちろん、日本からの編入してきた三人にも好奇心を抱いていた。
その三人と交流するようになって、今度は彼女達の出身国である日本の文化にも興味を持ち始めていたのだ。
なので毎朝日本食を食べるのご飯を観察している。
「ねぇ、このお味噌汁?というものはどうやって作るの?なにから出来てるの?」
「え"っ・・・・と、それ、は・・・」
突然のリリーの問いにどぎまぎとさせる。
なんと言って答えたら良いのか分からない。
「・・・・、あんまりぼんやりしてるとスネイプが行っちゃうわよ」
「!」
リリーからの視線にどう答えようか戸惑っていると、からの思わぬ助け舟にほっとする。
残りのご飯を全て口に詰め込むように手を動かすとガシャリと音をたててお盆を持つ。
「ごちそうさま!」
その光景をぽかんと見るとリリーを置いて、一度だけちらりとを見る。
もう眠気が飛んだのか優雅に紅茶のカップを傾けながらに微笑んだ。
(ありがと、・・!)
(どういたしまして)
がリリーの事を苦手に思っている事をは知っていたからこそ、あそこで絶妙な逃げ道を作ってあげたのだった。
さすが、情報屋。ましてや、親友であるの事を知らないわけが無い。
「あんなに急いで食べて喉に詰まらないのかしら」
「大丈夫よ。はああいう事には慣れているから」
心配そうにの後姿を見やるリリーには優しく言葉をかける。
釈然としないのか微妙な顔を浮かべるリリーをよそに、は本日何個目か分からないフルーツに手を伸ばした。
「はぁ・・はぁ・・・っ」
半ば逃げるようにして大広間を出てきたは大広間から遠い場所へと当ても無く走ってきていた。
セブルスがいたというのはの作ってくれた逃げる為の口実であって、実際に居る訳も無く。
人通りが少なくなった廊下でようやく走っていた足を止めると、ゆっくりと壁に寄りかかる。
「・・・またやっちゃったな、私」
先ほどのリリーとのやりとりを思い出し苦い顔をする。
現代からトリップという形で過去であり、別世界であるこのホグワーツに来ただからこそ全てを知っている。
セブルスとリリーは幼馴染という存在であり、リリーはセブルスが想いを寄せている相手だという事。
リリーは将来にジェームズと結ばれる運命ではあるが、この学生時代の時ではそれもまだ実ってはいない。
その事も全て承知の上で、セブルスの事を好きになった。
リリーに恋しているセブルスを―――好きになった。
「頭では分かってるけど・・・正直、辛いよ」
リリーとセブルスと私。
この関係を人はなんて呼ぶのだろうか。
「はぁ・・・ダメダメ!考えちゃ駄目よ、!いつもの元気はどうしたの!」
沈んでいく気持ちに歯止めをかけるために、思い切り両手で自分の頬を叩く。
ヒリヒリと痛むが嫌な思考回路は少し落ち着いたようだ。
(どんな事があっても、セブルスを好きでいるって決めたでしょ!)
正直、リリーの立場を羨んだ事が無いといえば嘘になる。
私が彼の幼馴染なら。彼と近くにいた存在だったなら。
何度そう願った事か。
秀才で美人の赤髪の彼女には勉強も魔法も劣るかもしれない。
それでも私は決めたのだ。
「セブルスを自分の力で振り向かせて見せるんだから!」
貴方を想う気持ちだけは負けたくないと思っている――!
いや、負けてはいない!
「あ、あれは・・・・」
前方の廊下から見覚えのある姿が見えた。
教科書などを持ってこちらに向かって歩いてくる姿を見間違える筈がない。
「セブルス!」
本当に恋とは不思議なものである。
あんなにクヨクヨ悩んでいても、大好きな人を瞳に映すだけでこんなにも心がドキドキと弾むのだから。
はこちらに気づいていないセブルスに向かって全速力で走っていく。
「セーブールースー!」
「!?」
僅かに肩を揺らして顔をあげたセブルスの前に満面の笑みを浮かべたがこちらにタックルしてきそうな勢いで走ってくる。
露骨に嫌な顔を表情に浮かべているのが見えたが気にしない。
「おはよ!セブルス!どこ行くのー?」
「・・・・・教室に決まってる」
はぁっと深く溜息をつくと、を置いてスタスタと先に歩いていく。
慌てて置いてかれないように彼の歩幅に合わせて少し早歩きで横を歩く。
「授業?次はなーに?」
「・・・お前はバカか?次は魔法薬学に決まってるだろう。グリフィンドールも確か同じだった気がしたが?」
ちらりと軽蔑するような冷たい視線をに送る。
が、そこでセブルスはある事に気づきピタリと止まる。
突然セブルスが止まるものだから、そのまま歩いていたは驚き慌てて振り返った。
「わっ、どしたの?」
「どうしたじゃない。・・・教科書はどうした」
教科書だけではない。羽ペンやインクも。
何も手に持ってなく手ぶらでいるに訝しげに眉を顰める。
そこで違和感を感じた。
「あ、はは・・っ」
「・・・・・」
セブルスは嫌だ嫌だと冷たくあしらっておきながらも、きちんとという人間を見ている。
自分と同じく魔法薬学が得意で、一日たりとも欠席はおろか遅刻などした事が無いという事を知っていた。
だからこそ違和感を感じる。
いつもなら絶対手に持っているものが無い事に。
その証拠に――
「や、あの・・ちょっと部屋に戻るのを忘れていただけで・・・そ、そう!今取りに戻ろうとしてたんだぁっ!あっはっは」
「・・・・」
気持ち悪いくらいに不自然な笑いを零す。
いかにも何かありましたと言っているような態度に、セブルスはまた深い溜息を吐いた。
「・・・せ、セブルス・・・?」
「・・・・」
「呆れちゃった・・・?」
控えめに呟く言葉はなんとらしくないことか。
いつもの破天荒さが今は欠片も感じられない。
(・・・・調子が狂う・・・)
セブルスはちらりとを見ると、再び歩き出す。
「ああ」
「!」
「お前に呆れるのは今に始まった事じゃない」
背中を向けて前を歩いていくセブルスの後姿を呆然と見つめる。
数歩歩いたところで足をとめると、セブルスは振り返る事なくそのままの体勢で言った。
「お前につきまとわれてどれだけの時間が経っていると思っているんだ。僕はお前が思っているよりも・・・・お前の事を見ている」
「え・・・・っ」
セブルスの言葉にドキっとする。
「そ、それって・・!!」
「・・・今のお前は気色悪い」
「なっ!」
思ってもいなかった言葉には言葉を詰まらせる。
どういう意味だと問いただそうと口を開いた時に、それを遮るようにセブルスはいつもよりも早口で言葉を紡いだ。
「気色悪すぎて付き合いきれん。調子が狂う。明日は槍でも降ってくるのか」
「あ、あの・・・セブルス・・・?」
「いつもどれだけ迷惑に思っている事か・・・毎日毎日神出鬼没に現れてはつきまとってくる。まるで犬のようだな」
「いまいち言ってる事が・・・・」
「っ!」
の言葉にばっと振り返る。
その顔はなぜかいつもより血色が良く見えた。
「・・・・早くしろと言っている。もうすぐ授業が始まる。それとも遅刻して減点されたいのか?」
「!!」
ここからグリフィンドール寮の自室に戻って地下まで行かなければならない。
今すぐにでも行かないと確実に遅刻は必須だろう。
は慌てて来た道を戻ろうと踵を返すが、その前にとセブルスの近くまで駆け寄った。
「セブルス!」
「・・・なんだ」
名前を呼んできちんと答えてくれるのが嬉しくては満面の笑みを浮かべて笑った。
「ありがと!心配してくれたんだよね!」
「・・・っ!」
セブルスは目を少し見開くと顔を思い切り背けた。
その反応を不思議そうに見ながらもは自室へと戻るためすぐにセブルスの元を離れる。
「それじゃあね!セブルス!まった後でね〜!一緒に調合しようね!絶対だよ!絶対ー!」
ドタバタと、とても女の子らしいとはお世辞にも言えないような慌しさで廊下を駆けていくの後姿を一瞥すると、セブルスもまた歩き出した。
少し俯きながら片手で口元を隠して。
「・・・ふんっ。バカだな」
何故あの時あんな事を言ってしまったのか、自分でも釈然としないのかセブルスは暫く眉間に皺を寄せる。
それでも、ムリに笑おうとしていた表情のよりも、先ほどの満面の笑みを浮かべたを見て心が落ち着いたような―――気がした。
そして、その後の魔法薬学ではいつもと変わらずセブルスに猛烈アタックをしていると、
それを煩わしそうに――だけど、ほんの少しだけ満更でもないような顔をして――素っ気無く対応するセブルスの姿が見受けられた。
「ちゃんも凝りないねぇ」
調合の様子を一生懸命に羊皮紙に書きながらは言った。
グツグツと音をたてている鍋に少しずつ材料を加えながらもは笑って答える。
「いつもの事でしょ。それにいつでも全力でぶつかるのがなんだから」
「うん、そうだね。でも今日はいつにもまして楽しそうっ」
とは互いに顔を見合わせてクスクスと笑いあう。
「じろじろ見るなっ。気が散るだろう・・・!」
「えーっ!じろじろじゃないよー。じーっと見てるんだよ!えへへへっ」
「っ!気色悪い笑いをするなっ」
「失礼しちゃうなーっ」
ブツブツと文句を言いながらも、確実に正確な調合をしていくセブルスの横顔を見つめる。
「ありがとね、セブルス」
「? 何か言ったか?」
小さい声で呟いたの方を横目でみやるが、返ってきたのはニヤニヤとした笑いだけ。
「べっつにー!なーんにもっ」
「・・・・・」
セブルスがの方を見たのはそれっきりで、後は調合に熱心に鍋と睨めっこをし始める。
その横顔をただじっとは見つめた。
ねぇ、セブルス
私絶対に貴方の事を振り向かせてみせるからねっ
貴方の事が好きなんです
大好きだよ
2010.11.22
少女Cでした。