最近が大人しい。

朝から晩まで授業中を除きほとんどの時間と言っても過言ではないほどに

いつも僕の目の前に現れるグリフィンドールのかなり変わった魔女だ。

毎日毎日つきまとわれて正直鬱陶しく思っていた事もあり、

静かな毎日が戻ってきて清々するはずなのに――

なんだろう。この気持ちは。


「・・・ちっ」


姿を見ないだけでこんなにも落ち着かないとは。

今どこで何をしているのか。誰と一緒にいるのか。何を考えているのか。

どうして―――僕の前に現れないのか。


そこまで考えて課題を済ませようとして開いていた教科書や羊皮紙を片付け始める。


「全然集中できない」


――誰かの所為で。

一人の女性が脳裏を掠める。

静かでいつもなら勉強がはかどる自室でも今日は逆に集中が出来なかった。

気分転換をしようと図書室で本を読む事にする。

ついでに課題も消化出来たらと思い、今片付けた教科書達を抱えて。




今日は午後からは授業が無く、生徒たちは各々に過ごしている。

といっても来月に控えている学年末試験の為に勉強している者が殆どだが。

その所為か、今日の図書室はいつもよりも人口が多く感じた。

図書室に訪れる機会が多いレギュラスはいつも座っている場所へと向かおうと足をすすめる。

その時、ここ数日ずっと頭の中から離れずにいた人物の声――


「リーマス、凄い!」


――の声が聞こえた。

咄嗟に歩んでいた足をとめ、声がした方に視線を滑らせる。

窓際の席で、グリフィンドール生が2人。

丁度向こう側からはこちらが死角らしくこっそりと様子を窺うことが出来た。

片方はここ最近の悩みの種であると、もう一人は自分の兄の友人であり五年監督生であるリーマス・ルーピンだ。


「そんな事ないよ。あ、それで、ここはこうだから・・・」

「あ、なるほど・・っ!」


リーマスの言葉を真剣に聞き、ゆっくりと羽ペンを動かしていく。

傍から見ても試験勉強中といった所だ。

偶になにか雑談をしているのか楽しそうな声も聞こえてくる。


「・・・・」


無意識にぎゅっと右手に力が篭る。

抱えていた羊皮紙が力により少し皺が寄っていく。

クシャリという音すらも気にならないのか視線はじっとを見据えている。


「えっと、こんな感じ・・・であってるかな?」

「うーん。そこは・・こう、かな」


羽ペンを持つの手に重ねるようにして手を動かすリーマスを見て僅かに眉間に皺が寄る。


「あ、そっか!うう・・っ、ここはよく間違えるから気をつけなきゃ」

「そうだね。でもは飲み込みが早いよ。ちゃんと覚えていっているし」

「ふふ、ありがとうっ。それはリーマスが教え方が上手だからだよ」


―――あぁ。

あんなにも彼女の笑顔は眩しかっただろうか。

楽しそうに笑うの笑顔を見ていられず、その場を足早に後にした。


図書室になんて来なければ良かった。

集中できなくてもずっと自室に居たほうがまだマシだった。

あんなを見た事が無い。

少なくとも、僕の前では・・・・


「・・・くそっ」


なんなんだ。

イライラする。もやもやする。気持ち悪い。気持ち悪い。

胸が、胸が、


「・・・・・痛い」


ローブの上から掻き毟るように己の胸元を掴む。

それでも痛みが無くなる事はなく、ますますズキズキとした痛みが刻まれていく。

思い出すのは先ほどの光景。

あの2人の所へ自分が割って入っていける訳なんて限りなく無いに等しく

ただ傍観することしか出来ない自分の弱さが嫌になる。


「・・・・」


自分の傍にいるのが当たり前だと思っていた。

何の根拠も無いのに、彼女が自分のもとに来てくれるのは当たり前の事だと。

勝手に勘違いして、思い込んで、それでこんなにも苦しくなって。

と話したい。

前みたいに煩わしいと思う程にずっとずっと傍にくっついていて欲しい。

もうそんな風には、思わないから。

こんなにも自分から離れているを見るのが辛いのがよく分かったから。

だから、だから。

些細な事でもいいから・・・・


もう一度、僕と――――



「レギュラス?」


「・・っ」


自分の名を呼ぶその声に、驚いて振り返ればそこには


「こんな所に立ち止まって・・・誰かと待ち合わせ?」


不思議そうに自分を見上げるの姿。

今まさに望んでいたの声。

真正面で向かい合って話すのも、目を交し合うのも、数日ぶりで、柄にもなくドクドクと心臓が煩くなる。

じっと見つめてくるの視線に耐え切れず、すぐに視線を逸らしてしまう。


「・・いや・・・・そういう訳じゃ・・」

「あ、レギュラスも図書室でお勉強かな?もうすぐ試験だもんね」

「・・・・」


腕に抱えている教科書や羊皮紙に目を遣り、は納得したように頷いた。

もまた同様に同じものを腕に抱えているからだ。


「私もさっきまで勉強していたの。でも意外だな。レギュラスはてっきり自室で勉強しているかと思ったのに」


クスクスと笑いながら話すの声に目を細める。

知っている。なんて言葉を発する事など出来ず、ただただを見ている事しか出来ない。

にはたくさん聞きたい事がある。

どうして、突然会いに来なくなったのか。

どうして、僕と話してくれなくなったのか。

どうして、リーマス・ルーピンと一緒にいるのか。

どうして、どうして・・・・。

それでも、直接聞く事が出来ない。

の答えが怖くて、怖くて、臆病者の僕には聞く事など出来やしないのだ。


「レギュラスも試験頑張ってね」

「・・・・」

「それじゃあ、私はそろそろ行くね」

「・・・っ・・・・」


軽く手を振っては背を向けると僕とは逆の方向へと歩いていく。

ここで何も言わずに別れてしまったら、もう二度と話が出来ないような気がして、

気づいたら僕は、の後を追ってその細い腕を掴んでいた。


「・・・レギュラス?」

「・・・なんで・・・っ」

「え?」


震える声を抑える事が出来ず、少し上擦った声で必死に言葉を紡ぐ。

耳を澄まさなければ聞こえない位に小さい小さい声。

けれど、至近距離にいるミノルには十分に聞こえる声量。


「どうしたの、レギュラス・・・?」


優しく語り掛けるように声をかけてくるの言葉に腕を掴む手に力を込める。


「・・・なんでも・・ない・・・っ」

「・・・そんな訳ないでしょう?こんなにも強く掴んでいるのに」


言葉と行動は真逆だね、なんて言いながらは空いている方の手で僕の手の上に重ねた。


「何も思ってなかったら引き止めたりしないでしょ?レギュラスは私に何か言いたいことがあるんだよね」

「・・・・・」

「なあに?」


諭すような優しい声に言葉が堰を切って溢れた。

気づいたら僕よりも小さいその体を抱きしめながら。

もう、限界だ―――。


「どうして会いに来てくれなかったんだ。いつも、いつも・・・嫌だって言っても来るくせに・・っ! 隣にいない時間を数える方が少ないくらい、いつだって、学年も寮も違う僕の所に来ていたくせに・・っ、どうして・・どうして 急に来なくなったんだ・・!僕がに何かしたのか?だから来なくなったのか?それともやっぱり・・やっぱり・・っ!」


先ほどの光景が脳を掠める。

楽しそうに笑うリーマスとの姿が。

ぎりっと奥歯を噛み締める。


「レ、ギュラス・・・?」

「は・・・っ」


抱きしめていた手での肩を力強く掴み、距離を置く。

交わる視線に切なげに眉間に皺が寄る。

確かめるのが怖くて、声が震える。

それでも、どうしても、聞きたい。


「は・・・ルーピンと付き合っているのか・・・?だから僕とも距離を置くようになって、今さっきまであいつと・・・・っ」

「ま、待って、レギュラス。リーマスは・・・」

「僕は嫌だ!が知らない誰かと付き合う事が・・・っ、が僕の前からいなくなってしまうのが凄く嫌なんだ・・っ!」


僕たちの間以外の全ての音が無くなってしまったかのように、辺りはしんと静まりかえっている。

驚いたように目を見開いて僕を見るの瞳が痛い。

普段こんなにもたくさん、大きいな声で喋らない僕だから、多分余計に驚いたんだろう。

肩を掴んでいた腕をそっと離すと、と距離をとった。


「・・・っ、どうかしている」


自分の気持ちを一方的にぶつけるなんて。・・・・・幼い子どものする事だ。

今まで溜め込んでいたものを一気に発散できた分、今は驚く位に冷静にいられる自分がいる。

だからこそ分かる。

これで・・・もう、は僕の前に現れることは無いだろう。

自嘲するような薄笑いを浮かべた。


「・・・、今のは気にしないで。ただの・・・・子どもの戯言だから」

「・・・っ」

「それじゃあ」


の顔がまっすぐに見れなくて、逃げるように背を向けて歩き出した。

しかし、突如訪れる衝撃。

後ろから引っ張られるような感覚に思わず足が止まる。

ゆっくりと振り返ると、今度は俯いたままが僕の腕を掴んでいた。


「・・・待って、よ・・」


僕を呼ぶ小さな声。

それでも、僕を引き止めるには十分過ぎるほどで。


「・・・」

「レギュラス、さ・・・それって・・・」


普段の彼女からは考えられない歯切れの悪い言葉。

簡単に振り解けそうなくらいに弱弱しいが、離さないと言わんばかりにしっかりと掴んでいるいる小さな手が少し震えているのに気づいた。


「それってつまり・・・傍にいても良いって事・・なのかな・・・」

「・・・今まで許可しなくても傍にいたじゃないか」

「そうじゃなくって・・!」


腕を掴む手に更に力がこめられた。


「私・・バカだから・・・さっきの言葉が、自分の都合の良いようにしか聞こえなくて・・・っ、・・だから・・っ」

「だから?」

「レギュラスが私の事・・・・・・好きでいてくれているのかな、って・・」

「!!」


の言葉に全身の熱がかっと顔に集まってくるのを感じた。

思わず空いている手で口元を覆う。


「レギュラス・・」


ゆっくりとこちらを窺うように顔をあげると目が合う。

の顔もとても、赤かった。


「私は・・レギュラスの事が好き・・好きなの・・っ!大好き、だから・・・っ、大切な試験の期間は邪魔しないようにって・・会いに行かなかったの・・・! でも、毎日毎日気づいたらレギュラスの事を考えていて、会わなければ会わないほどにもっともっと会いたくて、声を聞きたくて・・っ」

「・・・っ」


心にたまっていた冷たく重い鉛がすっと消えてなくなっていくのを感じた。

かわりに温かく愛しいと思う気持ちが強くなっていく。


ああ、同じだったのか。

会えなくて、話せなくて、辛いと感じるのは僕だけじゃなかった。

も僕も、同じで―――


「レギュラスは・・・っ――!?」

「僕も」


の腕を振り解いて代わりに先ほどよりきつく抱きしめた。

驚いて体を硬くさせるに構わず強く、強く。


「自分で思っていたよりも僕はの事を意識していたのかもしれない」

「!」

「だってこんなにも・・・」

「レギュラ・・・っ!」


顔をあげたの口を塞ぐ。

頬に手を添えての言葉を全て飲み込むように深く口付ける。

そっと顔を離してみれば、顔を赤くしているに笑みが零れる。


「・・、顔真っ赤」

「!! レギュラスだって・・・っ」

「うん」




の事が好きだからね。




そう耳元で囁いたら彼女は顔をこれ以上に無い程に真っ赤にして、口を閉ざした。

そして、とても綺麗な笑顔で嬉しそうに微笑んだ。


































君で彩られる世界








「試験勉強だからって僕と距離置く必要なんて無かったのに」

「だ、だって・・・邪魔しちゃ悪いと思って・・・」

「誰が邪魔だなんて言ったんだ。・・・2人きりでルーピンに勉強を教えてもらっている事の方が問題だと思うけど」

「・・・・・やきもち?」

「ば・・・っ!!誰が!」


(そうだよ・・・その通りだよ!・・・気づけよ!一緒に居たいって事を―――!)







2010.11.18

粥氏の連載恋愛少女ABCの少女A設定のつもりです。
どうしてこうなった!