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『どうして君は素直になれないのかなぁ』
そう言って苦笑を浮かべる同室のやつの言葉を思い出して奥歯を噛み締める。
別に、俺だって好きで素直にならないわけじゃない。
分かっているけれど、体が反応してくれないんだ・・・。
「はぁ・・・」
ガンガンと屋根を直すために動かし続けていた手を休めると広い青空を仰いだ。
直し終わった屋根を見て、ひとり頷くと用具を持って屋根から下りる。
するとそこには直るまで待っていたのか富松が立っていた。
「おお、どうした?」
「用具片付けてきますよ、チェックもしないといけないんで」
そう言い食満から用具を受け取ると走り去っていく。
あまりに早い動作でお礼も言えないままに、その場に立ち竦む。
「なんだぁ?」
いつもの富松らしからぬ行動に頭を掻きながら見送る。
だが、片付けにいってくれたおかげで仕事もなくなり暇が出来たのも事実だ。
何をしようかと考えながらとりあえず部屋へと向かうために足をすすめる。
と、前方に見慣れた姿が見えてきた。
「お前は本当にどうしようもないやつだな」
「もうっ!気にしてるんだからそう何回もいわないでよっ」
声の主を目に留めた瞬間、ハッとして足が止まる。
そこにいたのは同じ学年の潮江文次郎と、くのたまのだった。
向こうはこちらには気づく事なく、楽しそうに会話を続けている。
「・・・そうだな。今度暇な時にでも付き合ってやろう」
「え、本当!?うわぁ、嬉しいなっ」
なんだかんだと言いながらも嬉しそうな潮江と、花のように愛らしく笑うの笑顔を見てちくりと胸が痛む。
このまま見つかっても面倒だと、食満はそっと2人に気づかれないように踵を返した。
「くそっ」
知らずに漏れてしまう悪態。
潮江と一緒にいて笑顔を見せるに言いようのない苛立ちを感じる。
自分には見せたこと無いくせに
「・・・・・」
近くにあった大木に力強く拳を打ちつけると、そのままぐっと拳を強く握り締める。
らしくない。あんなところを見ただけでこんなにも胸がざわつく程かき乱されるとは。
「留三郎?なにしてるの?」
「・・・あ」
ふと顔をあげるとこちらを不思議そうに見返してくる伊作と目があった。
両腕にいっぱいのトイレットペーパーを持っているという事は、委員会の途中なのだろう。
「伊作」
「ぼけーっと木に寄りかかってるから何してるのかと思ったよ」
「別に・・・」
ふいっと視線を逸らすと、そこで感づいたのか伊作は大げさなくらいに大きな溜息を吐き
じっとりとした視線で食満を射抜く。
「君ってやつは・・・・またやったの?」
「・・・またって・・・別に何も・・・」
「って事は、文次郎と一緒のところをみて一人でへこんでたって所?」
「っ!」
伊作の言葉に勢いよく顔をあげると、否定のために口を紡ごうとするがそれよりも先に伊作が口を開くほうが早かった。
「その態度の時点で肯定してるってこといい加減気づいてよ?」
苦笑ともとれる笑みを浮かべながら言うと、落ちそうな腕の中の荷物をもう一度抱えなおす。
そして、今度はしっかりと真面目な顔をすると食満に言い聞かせるようにゆっくりと話す。
「このままだと、文次郎にとられるのも時間の問題だね」
「・・・・・」
「ねぇ、本当は自分でも分かってるんでしょ?ちゃんの事が好きって」
の事が好き。
の事が好き。
伊作の言葉を何度も何度も心の中で復唱してみる。
すっと肩の荷が降りた様に軽く、心が落ち着くような気がした。
そんな食満の心情が顔に表れていたのか、伊作は先ほどとは違い柔らかい笑みを浮かべる。
「あとは、君が頑張ってちゃんにその言葉を伝える事だね」
「・・・伝えるって言っても・・・」
「ああもう、君ってやつは・・・!」
伊作をむしゃくしゃさせる程だから相当なものだったんだろう。
突っ立ったまま動こうとしない食満の背中に渇をいれるようにドンッと叩く。
「痛っ」
「いつもの留三郎はどこいったのさ。ほら、早くいってきなよ」
「・・・・分かったよ」
正直なところ、潮江と一緒にいるなど見たくなかったが、伊作がこう言った手前行かないと意地でもここを動かないだろう。
まだ心の準備が出来ていなかったが、背中を押されては行くしかない。
急に早鐘をうちだした心臓にまた胸がざわつく。
「いってらっしゃい」
「・・・おう」
手を振る伊作に背中を向けたまま手を振ると、また来た道を戻っていく。
ドキドキドキドキ
心臓の音が煩い。
初任務のときだってこんなにも、緊張したことは無かった。
「・・・・っ」
曲がり角を曲がったところで、がいた。
どうやら潮江はいなくなったらしく、ひとりでぼーっと空を見上げている。
言うなら今か?今がチャンスなのか?
知らずのうちにぐっと握り締めていた手からはじっとりと汗を感じる。
声をかけようと、一歩ふみだしたとき、ふいにの声が聞こえた。
「文次郎くん、まだかな・・・・」
そう呟いたの顔があまりにも眩しくて、本当に綺麗で
そのまま動けなくなってしまった。
ああ、これは・・・・・
自然と笑みが零れてしまう。
文次郎を想うの顔を見てると、とても想いなんて告げられそうに無い。
気づかれないように踏み出した足を元に戻すと、そのまま背を向けて走り出した。
どうしてこんな痛み俺に教えたんだ
驚いた顔をしてこちらを見てくる伊作を顧みることなく走り続けた。
こんなにも胸が痛むのなら
気づきたくなかった
2009.10.16
鉢屋とデジャヴ。