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「もーうっ!!鉢屋っ!いい加減にしてよおっ!」
今日も忍たま長屋で少女の悲鳴が木霊している。
そのすぐあとには、楽しそうに笑う男の声。
もうこの事は恒例化しつつあり、誰も気に留めたりするものはいなかった。
少女の頭にはいっぱいの枯葉。
いつも綺麗なくのいち装束も今や泥だらけである。
「引っかかるほうが悪いんだろう?」
「っ!そう言って毎回毎回私を狙うんじゃないっ!」
せっかくの髪型も台無しである。
髪の毛についた砂や枯葉を落としながらぶつぶつと文句を言うのは、くのたまであるだ。
そして、に毎回事あるごとに悪戯をするのは、同級生でもある鉢屋三郎だった。
「せっかく、タカ丸さんに結ってもらった髪型だったのにっ!」
「・・・・・・」
「・・・って、ちょっとっ!更に枯葉を頭の上に落とさないで!」
の言葉に無言になったかと思えばいきなり大量の枯葉を頭上に落とされる。
さっきの笑みはどこにいったのか、むすっと不機嫌な顔を浮かべて鉢屋はを見る。
じとーっと睨まれては少し後退する。
「・・・・な、なによ」
「・・・・タカ丸さんに結われても元が良くなきゃ映えないよ」
「・・・っ!鉢屋あああああああああああっ」
感情を逆撫でするような発言を言ってのけた鉢屋には耐え切れなくなり叫ぶ。
手にもっていた枯葉をぐしゃりと握りつぶすと、鉢屋は「怖い怖い」と言ってどこかへと居なくなってしまった。
怒りのあまりに震えてしまう拳を抑えて、深くため息をつく。
「はあああ・・・もう、いったいなんなのよ・・・・」
「あれ、ちゃん?」
声をかけられた方へと顔を向けると、そこには今の今まで対峙していた人物と同じ格好をした人物が。
否、姿は同じでも全然の別人である。
「雷蔵・・・・」
彼の姿を視界におさめると、は困ったように笑った。
その笑みにつられるように雷蔵もまた苦笑を浮かべる。
「また、三郎だね」
「ええ、本当毎回懲りないやつね」
まだ頭に残っていた枯葉を取り除いてやると、は照れたように頬を赤く染めて笑った。
そこで雷蔵は漸くがいつもの髪型じゃないことに気づく。
「あれ?今日はなんか違うね」
「ん?」
「髪型。きっと三郎の悪戯で少しぼろぼろになっちゃったみたいだけど、分かるよ」
ぼさぼさに跳ねてしまっていた髪の毛を丁寧に撫でて戻すと雷蔵は笑っていった。
気づいてくれた雷蔵の優しさには目を細める。
「本当?ありがとうっ。実は今日タカ丸さんに髪を結ってもらっていたの」
「ああ、そうなんだ。・・・うん、それで三郎が・・・」
「え?」
「なんでもないよ」
にこりと微笑まれてしまっては言い返すことは出来ない。
こういう笑顔を見せるときはたいていつっこんで欲しくないときだ。
は付き合いの長さから分かっているので何も言わない。
「そう、鉢屋といえば。ねぇ、雷蔵。雷蔵からも言ってよ。もう私に構わないで、って」
「え?うーん。それは無理なんじゃないかなぁ」
「ええ!?どういう事?」
あっさりと否定されてしまい驚く。
雷蔵が無理というのなら、本当に無理そうだからだ。
がっくりと肩を落とし落ち込むに慌てて雷蔵が弁解する。
「えっと、その、なんていうか・・・・」
「私そんなに鉢屋に嫌われる事したかな?」
「え"えっ!?い、いや嫌われてるっていうか・・・・むしろ逆っていうか・・・・」
涙ぐみながら話すに更に雷蔵は慌ててしまう。
雷蔵は三郎がに悪戯をするのは悪気があるからしているのではないと知っているからだ。
むしろ悪意どころかその逆である事を、残念ながら当の本人には伝わっていないらしい。
本当にかわいそうなのは三郎の様な気もしてきた雷蔵だった。
「こうも会うたび会うたび悪戯されてたらかなわないよ・・・」
「ちゃん・・・」
「嫌いなら嫌いって、はっきり言って、もう関わらないで欲しいよ・・・っ」
三郎からのいじめだと思ってしまっているはついに涙をこぼしてしまった。
の涙にぎょっとして慌てて手ぬぐいを取り出すとの目にあててやる。
「ちゃん、泣かないで?その・・・三郎はちゃんの事嫌いっていう訳じゃ無いから・・・・」
「・・・っ嫌いじゃないなら・・っどうして意地悪するの・・・っ!」
「え、ええっと、それはそれは・・・・」
何と言っていいのか分からなくなってしまい、雷蔵はうーんうーんと悩み始める。
はっきりしない雷蔵の態度に、やっぱり私の事が嫌いなんだっと再度泣き始めてしまう。
ど、どうしよう・・・っ。でもこういう事って直接本人が言った方がいいよね?
でもそしたらちゃんは泣き止まないし・・それにへたに何かを言ったら2人に影響がでそうだし、
ああ、どうしたら良いんだろう・・・っ!
いろんな考えがぐるぐると頭をしめて雷蔵は頭を抱え込んでしまう。
そんな雷蔵を尻目にはわんわんと手ぬぐいを目に押し当て泣き続ける。
誰が見ても収集がつかないその光景。
そこに、当事者である三郎が姿を現した。
「雷蔵っ・・・!」
「え?あ、三郎っ。一体どこに行っ」
「なに、泣かせてんだよっ!」
「はぁっ?!」
ずんずんと、大またでこちらにやってきたかと思えば雷蔵との間に入り込む。
そしてじっと雷蔵を睨みつけてくるものだから、雷蔵はつい素っ頓狂な声をあげてしまった。
「い、いや、泣かせたのは僕じゃなくて・・・」
「じゃあ誰なんだよっ!」
「アンタよっ!バカッ!!!!」
ドンッ
突然の後ろからの衝撃に三郎はよろめく。
それまで泣いていたはぐっと目元を擦ると、倒れかけた三郎をキッと睨む。
「鉢屋・・っ!私に言いたいことあるなら、周りくどいことしないではっきり言いなさいよっ」
「は、ぁ・・・?」
「嫌いなら嫌いって言えって言ってんのよーっ!!」
興奮してしまってか、また涙目になってきてしまった。
そこで漸くがなぜ泣いているのか分かった三郎はうっと声を詰まらせた。
ちらり、と雷蔵の方を見ると「言うなら今だっ!」と口ぱくで伝えてくる。
「・・・っ」
ぐっと拳を握り締めてドクドクと早まる心臓の音がやけに大きく聞こえてくる。
じっと自分を睨みつけてくる。
顔を真っ赤にして、目元は涙で潤んでしまっている。
睨みつけているつもりなのだろうが、身長差も相まって上目遣いで見上げているようにしか見えない。
そんなに顔が赤くなってしまうのを自覚して、視線を逸らす。
「わ、私は・・・の事・・・・・」
好き
その2文字が出てこなくて言葉に詰まってしまう。
今までの事があり、が自分の事を好いてくれている可能性は低い。
もし断られたらどうする?その事がばかりがぐるぐると頭の中に占めていた。
そう、からの返事が怖いのだ。
でもこのまま誤解にしてはおきたくない。
そう思って言葉を口に出そうとする。
「す・・・・」
「それでだな、この前食べた豆腐が」
「また豆腐料理かよっ!」
「!!」
聞きなれた声がこちらに向かってやってくるのが聞こえた。
はっとしてそちらに顔を向けると、向こうもこちらに気づいたのか手を振りながらこちらにやってくる。
「っ」
2人の姿を視界にとられたとき、言い表せないような焦燥感に襲われた。
もやもやとする胸にぐっと奥歯をかみしめる。
まずい。このままじゃ・・・・・
「あれ?あそこにいるの、雷蔵と三郎じゃないか?」
「ちゃんも一緒みたいだな」
声の主は同じく同級生の久々知と竹谷だ。
2人がこちらに向かおうと足を進めたのと三郎の声が響いたのはほぼ同時だった。
「・・・・お前が視界に入ると落ち着かなくて嫌なんだよっ!!!」
し、んと辺りが静まりかえる。
三郎の声に思わず足を止めてしまった久々知と竹谷。
手で顔を覆うように俯く雷蔵。
そして――――
目にいっぱいの涙を溜めてこちらを見上げる
「・・・・っ!」
三郎は逃げ出すようにその場から走り去った。
の顔を見ようともせず、いや、見ることができなかった。
言ってしまった。
言ってしまった・・・・!
もう後戻りが出来ない・・・・・っ
早く言わないといけないという焦りや、二人が現れた事によりいつもの私じゃない私を見せたくないというプライドやよく分からない感情に邪魔されて、いつもと同じく思ってもいない事を口走ってしまった。
ちらりと走りながら後ろを振り返ってみれば、雷蔵に泣き崩れるように抱きついているを見てちくりと胸が痛む。
呼び止めようとする竹谷の声が聞こえたが聞こえないフリをしてそこから逃げるように走った。
好き。好き。大好き。いつもお前の事しか考えられないくらい大好きなんだっ!!
その想いはには届かない。
走りながら視界が霞んでいくのを歯を食いしばって耐えた。
好きなのに、どうして傷つけてしまうのか
この想いが彼女に届く日は来るのだろうか
2009.10.14
続きをかけたら良いなぁ